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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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加州清光+女子高生主

自分以外に代わる人がいない、そんな「特別」なんて望んだことはなかった。
 ただ、普通でありたかった。
 普通の家族で、普通に学校に行って、普通に友達と過ごして、普通な日常を送る。それだけで十分だったはずなのに、わたしの日常から突然「普通」が取り上げられてしまった。
 テレビや映画で良く見る要人をガードするボディーガードのような風体の人たちが私の両サイドを挟み、いまでは珍しい古い日本家屋へとわたしは連れて来られた。迷子になりそうな廊下を進み、無駄に広い畳の部屋と通される。わたしは促されるままに部屋に入ると、用意されていた座布団の上に正座した。開け放たれた襖から外の景色を見て、あんまりにも平和過ぎる光景に夢でも見てるのではないかと錯覚する。

「あなたは審神者に選ばれました」

 今朝、いつも通り学校に行くために支度しているわたしの元へ、先ほどのボディーガードの一人がやってきてそう言った。何を言っているのか理解出来ず、縋るように両親を見やったものの、その両親も困ったように表情を曇らせているだけ。そうして、暫くの沈黙を続けるも、わたしには断る選択肢がないことを悟った。そのまま学校には行かずにこの屋敷や連れて来られたけれど、車内でわたしの役割は説明されたもののさっぱり頭に入ってきていない。あまりにもあまりな出来事のせいで、脳が正しく処理出来ていないらしい。
 けれどもそんなわたしの事情などお構いなしに、事態はどんどん進んでいく。
 正座したわたしの前には、鞘に納められた一振りの日本刀が差し出された。どうしていいのかわからずにボディーガードの人を伺い見るも、サングラスをしているためか表情はまったく読めなかった。でも、この日本刀を受け取らなければいけないことは明白で、わたしはそろそろと手を伸ばしては指先で触れる。硬い鞘の感触を感じた瞬間、ぐらりと世界が歪んだ。ぐんっ、と思い切り誰かに引っ張られるような感覚を覚えて、倒れると思った。しかしわたしの身体は畳の上に転がることなく、誰かに支えられたらしい。
「ちょっと、大丈夫?」
 頭上から掛けられた声に、閉じていた目を開ける。
 するとそこには、先ほどのボディーガードではない人物がいた。わたしを支えているのも彼で、どこか中性的な顔立ちのその人は、もう一度「大丈夫か?」と声を掛けてくる。
「だ、大丈夫、です」
「そっか。じゃあ改めて。俺、加州清光。川の下の子、河原の子ってね。扱いにくいが性能はピカイチ、いつでも使いこなせて可愛がってくれて、あと着飾ってくれる人大募集してるよ」
「……は?」
 ぽかんと、思わず口を開いてしまう。そんなわたしの顔を見て、加州清光と名乗る彼はにっと笑った。
「よろしく、主」
 そう言って、彼はわたしの手を握ってきた。わたしは彼の腕に抱かれながら握手をするなんとも言えない状況であるものの、目の前の出来事への理解が追いつかなくてただただ茫然とするしかできずにいた。

 審神者――物の想いや心を目覚めさせては戦う力を与えるもの。

 つと、車内で説明された言葉が脳裏を過る。
 冗談だと思っていた。むしろ嘘だと思いたかった。わたしはただの普通の女子高生で、何の取り得もない平凡な日常を送っていたのにこんなアニメでも漫画でも使い古されたようなことになるなんて、思うはずもなかったのだから。
 しかし、
「主?」
 目の前で、ちょっとだけ困ったような顔をする彼。
 先ほどまで刀だったはずの彼、加州清光をまじまじと見やる。まだ握ったままの手は同じ人間で、まるで目の前で起きているこれらが夢なんじゃないかと思ってしまう。
「審神者様」
 ふいに、すっかり忘れていたボディーガードの声が割って入った。その声が現実であることをまざまざと物語っていて、わたしは覚悟を決めたように息を飲んだ。

 特別になりたくなんてなかった。
 ただただ平々凡々な日常を過ごしたかった。
 しかし、わたしはこれから「彼ら」の特別にならなければいけなかった。


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カッとなってやらかしたよ!とうらぶ面白すぎんよ!

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【えむます】英雄×P

結婚式場という場所には、何度か招待されて訪れたことはある。けれどそれは、あくまでも「招待客」としてだ。主役として自分が使うことはまだ当分先のことで、むしろ想像すらもできない。そもそも相手がいないのだから具体的な想像ができないのも当然なのだが、今日の仕事は当然先の未来(できれば用意されていてほしい未来)での主役として撮影するというもの。結婚式らしく華やかな小道具や衣装が取り揃えられている現場で、英雄はつと目に留まったエンゲージリングの箱に手を伸ばした。ぱか、と簡単に開いた小箱の中には、男性用と女性用のリングがそれぞれ一つずつ収まっている。女性用のリングは当然男性もののそれより一回りほどちいさく、英雄はそれを指先で取り出すと、自分の左薬指へと嵌めてみた。が、当然女性用のリングは英雄の第一関節部分で止まってしまう。小指でも嵌められなさそうなリングの小ささをまじまじと見つめていると、ふいに背後から声が掛けられた、
「何してるんですか、英雄さん」
「あ、プロデューサー」
 声を掛けられて振り返った先には、事務所の担当プロデューサーの女性が不思議そうな顔をしていた。英雄は薬指に指輪を嵌めたまま、ひらひらとその手をプロデューサーへと振って見せた。
「女の人の指って本当に細いなって思って」
「もう何してるんですか。だめですよ、小道具で遊んじゃ」
「ごめん。ちょっと気になっちゃって、つい」
 むっと少しだけ眉を吊り上げる彼女に、英雄は慌てて指輪を外した。そうしてその指輪を元の場所に戻そうとして、再びプロデューサーを見た。ちょいちょいと手招きをすれば、彼女は小首を傾げつつも英雄の元へやってくる。そうして英雄は何気なく彼女の左手を取って、先ほどの指輪をスイ、と嵌めてみせた。するとぴったりと彼女の指に嵌められたそれを見て、「おお」と英雄は感心の声を上げた。
「すげえ、ぴったり! プロデューサー用の結婚指輪見たいだな!」
 と。
 そう英雄が悪意なく笑って相手の顔を見れば、彼女は顔を赤くして目を見開いていた。え、と英雄が驚いた顔をするのと同時に、プロデューサーは指輪を外して、けれどしっかりと英雄の手の中に指輪を握らせて、
「ちゃんと仕舞っておいてください!」
 ぴしゃりと一言、お怒りの言葉を残して足早にその場を去ってしまう。一人残された英雄は呆然と彼女の後ろ姿を見送ったあと、再び手の中に戻された指輪へ視線を向けた。
「えっと…」
 ぽつんと呟いて、数秒。先ほどの自分の行動をふいに思い返す。
 ただの好奇心で彼女の指に指輪を嵌めただけだったけれど、よくよく考えてみたらまるでプロポーズのようではないか。それに気づいてしまうと、じわじわと恥ずかしさが込み上げてきた。
「英雄さーん! そろそろ本番ですよー!」
 遠くで龍の声が聞こえるものの、すぐには返事が出来ずにその場に蹲って頭を抱えた英雄であった。

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テルプラス4

微妙に間が空いてしまったテルプラスはこれで終わりです!
あと微妙ないかがわしさがすぐさま始まるので畳みます!ので!苦手な方は回れ右してください!!














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佐伯誕小話

ついったーで上げたのをほんのすこーしと誤字を直した程度のあれさでござる。


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 7月19日は何を隠そう自分の誕生日で。それをわざわざアピールするのもなんだか恰好がつかないし、そもそも気に掛けてほしいというか祝って欲しいと思っているのは一人だけなのだ。だから、つい、18日から19日に掛けて日付が変わるその直前に、そわそわと携帯電話を見つめてしまったりして。
 我ながらばからしいと思いながらも、彼の想像している能天気な彼女ならばたぶんというか、きっと、否、絶対にやらかすに違いないと高をくくってみるも、実際に時刻が7月19日を過ぎても携帯はうんともすんとも言わない。それどころか、5分、さらに10分ほど経過しても電話どころかメールの着信も告げて来ない。
 さすがに訝しんでみるものの、ここで自分から掛けようものならそれこそ催促してるようなものではないか。
 佐伯はもやもやとした気持ちを内に秘めつつ、消化不良のそれと一緒に布団に入る。しかし目を瞑っても寝返りを打とうとも、内心の消化不良な気持ちは消えずに佐伯の睡眠に多大な影響を与えた。
 結果として、殆ど眠れずに翌日を迎えてしまった。学校は今日から夏休みとはいえ、珊瑚礁の仕事は午前中から入ることになっている。睡眠不足でだるい身体をいつまでもベッドの中で怠けさせているわけにはいかない。ついでに言えば、眠れない原因であった携帯電話のディスプレイには、やっぱり電話もメールの着信もなかった。
 そんなこんなでどこか気合いが入らない気持ちのままに一日を過ごしつつ、最後の客を見送って「CLOSE」の看板を出そうとしたところへ、見慣れた顔がひょっこりと現れた。それはとても気まずそうな表情を張り付けているかと思えば、佐伯と目が合った瞬間に「ごめんなさい!」と開口一番口火を切ってきた。
「本当は! 日付が変わったらおめでとうって言いたかったんだけど! 気が付いたら寝てて……その、ええと」
「とりあえず、中に入れ」
「……いいの?」
「言い訳くらいは聞いてやる」
「……はい」
 見るからにしょんぼりと肩を落とすあかりを、従業員であると自分と祖父しかいない店内へ招き入れる。そうして手近なテーブルを指し示すと、あかりは手に持っていた紙袋をそっとテーブルの上に乗せ、佐伯の方へと差し出した。
「実は、昨日これを作るのに必死になっていたらそのまま寝過ごしてしまいまして」
「俺に?」
 そうあかりに問えば、彼女は控えめに頷いた。紙袋の中を覗けば、大き目の白い箱が収まっている。
 そうして微かに甘い香りを鼻孔を掠めて、それだけで箱の中身がなんなのか察しがついてしまった。
「瑛くんのレベルにはまだまだだけど! いまのわたしができる集大成のつもり!」
「で、寝落ちたと」
「……おっしゃる通りです」
 適格な佐伯のつっこみに、あかりはがっくりと腰を下ろす。そんな彼女の頭に、佐伯はお得意のチョップを落す。あかりは甘んじてそれを受け入れたあと、もう一度「ごめんなさい」を繰り返すので、今度はデコピンをお見舞いしてやった。
「他に言うことは?」
「え?」
「ないのかよ」
 少しだけそっけなく返すと、あ、とあかりが思い出したように声を上げる。
 そして、
「お、お誕生日、おめでとうございます」
「よし」
 あかりの言葉に満足そうに頷いて、佐伯はぐしゃりと彼女の頭を撫でた。
「コーヒー淹れてやる。おまえも一緒に食ってくんだろ?」
「え、え?いいの?」
「たくさん食って、大きく育て」
「も、もう! 瑛くん!」
 そんな避難めいたあかりの声を背中に受けて、厨房に入る。そこには祖父の姿があり、緩みきった顔を咄嗟にどんな表情で誤魔化していいのか困ってしまった。

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テルプラス3



 おかえりなさいませと従業員の女性に出迎えられれば、改めて旅館内の施設の説明を受ける。特に大浴場のローマ風呂を初めとした数種類の温泉、家族風呂や展望台に設置された露天風呂等々と話を聞くだけで先ほど目の当たりにした秘宝館でのナニでアレの気まずさをうっかり忘れてしまうほどに魅力的だった。そうして部屋の鍵を受け取り、数種類ある浴衣を選んでいた頃にはすっかり浮足立っていたのだ。浴衣姿の宿泊客とすれ違っては、どこのお風呂から入ろうかなんて呑気に考えている間に客室へと到着。レトロなキーホルダーがついた鍵を使って部屋を開けると、ドアを手前に引く。ひょいと室内を覗き込んで、そして、
「……」
「……」
 瑛とあかり、二人揃って黙り込む。
 というのも、戻ってくるのが夕飯前だとわかっていたからか、すでに部屋には二組の布団が並んで敷かれていたのだ。否、宿泊人数が瑛とあかりの二人なのだから、二組の布団が敷かれているのは当然と言えば当然なのだ。ついでに今回は「日帰りのデート」ではなく、「宿泊する旅行」なのだということを今更のようにあかりは気が付いた。まるで古いロボットか何かのように、ぎぎ、とぎこちなく首を動かして、瑛へと視線を向ける。すると瑛は眉間にしわを寄せていて、けれどいつものようにあかりにチョップを下ろしてきた。
「ほら、とりあえず着替えよう。こんなところに突っ立っててもしょうがないだろ」
「あ、うん」
 促されて、不自然なぎこちなさは継続したまま室内に入る。さっきまであれこれと着るのを楽しみに抱えていた浴衣を、しかし今は藁に縋るように抱きしめる。うろうろと所在なげに室内を見渡して、そうして布団が視界に入るたびにさっと目を逸らしてしまう。ええと、と口の中で呻く。
「浴衣、内風呂の脱衣所で着替えたいいんじゃないか? 鍵掛ければ問題ないだろ?」
「そ、そうだね! そうするね!」
 不自然さ全開で頷くと、あかりは逃げるように脱衣所へと飛び込んだ。ドアを閉めて鍵を掛けて、すうと息を吸う。次にその息を吐き出すのと一緒に、思わずその場にへたり込んでしまった。
(……どう、しよう)
 内心で呟いて、頭を抱える。
 瑛と一緒に旅行に行けることにばかり浮かれて、「二人で泊まる」ということの意味を完全にすっぽ抜けていた。我ながら間抜けだとは思うが、なまじ瑛とは珊瑚礁が閉店したクリスマスのあの夜を共に過ごしたことがあるだけに、変なところで男女間の意識が薄くなっていた。
 けれどあのときと今では、瑛との関係は変わっている。
 卒業式の日のあの灯台から、二人は友達から恋人になった。
 そんな今更のことを、「恋人」として二か月も過ごしてからようやく、改めて痛感させられた。
 友達ではないのだから、恋人なのだから、その先のことがあるに決まっているではないか。
 そうして、ふいに今日見た秘宝館の出入り口にでんと鎮座していた「アレのナニ」を思い出してしまった。
(ワアアアアアアアアアアアアアアアア!!)
 思わず叫びだしたいを堪えて、代わりに心の中で盛大に叫び散らす。ごろごろと床を転がりたい衝動の代わりに頭を抱えて、もうどこから突っ込んでいいのかもどうしたらいいのかもわからない。ただ、ずっとこのまま脱衣所に籠城してるわけにもいかない。
 あかりは観念して浴衣に着替えて脱衣所から顔を出すと、瑛はすっかり着替えて終えて部屋に備え付けの緑茶を淹れているところだった。
「お待たせ、しました」
「ん」
 短く頷いて、彼はあかりの分のお茶も淹れてくれた。微妙な距離を取りつつ瑛の隣に座れば、妙に重圧が掛かったような湯呑を両手で包むようにして持ち上げる。
「風呂さ」
「ハイッ」
「どうする? もう行く?」
「あ、えっと……どうしようか?」
「夕飯まで少し時間あるだろ。今日は早起きしたし、先に風呂に入っちゃった方がいいと思うんだけど」
「そ、そうだね」
「あのさ」
「ハイッ」
 びし! と二度目の威勢の良い返事に、瑛は困ったように眉を寄せた。ここまであからさまな態度を取っていれば、さすがにこちらの考えは相手に筒抜けも良いところだろう。だからこそ彼はわざとらしい咳払いを一つして、あのさ、ともう一度同じ言葉を繰り返した。
「俺は、おまえが嫌がることはしないし」
「……」
「それにな、こういうことをおまえが全ッ然考えてないこともわかってたから」
 「全然」のところをものすごく気持ちと力を込めて言われてしまい、反射的に「そんなことない」と言おうとして、けれどまったくもってその通りなので結局は口を紡ぐ。
 持っていた湯呑をぎゅっと握り、俯く。
「……ごめんなさい」
 ぽつんと、呟く。いくらなんでも軽率過ぎたと後悔するなんて、今更すぎるほどに今更だ。思い返せば瑛は「そういうこと」への配慮をそれとなく促してくれていたいうのに。
「いいから。そんな落ち込むことじゃない」
 ぽんぽんと、瑛の手があかりの頭を撫でる。なんと言葉を返していいのかわからずに視線を上げれずにいれば、ほら、と瑛の声が続く。
「風呂に行こう。楽しみにしてたんだろ?」
「……うん」
「カピバラはカピバラらしく温泉に浸かるんだぞ。お父さん、そこまで面倒見れないからな」
「もう! 瑛くん!」
 思わず、勢いで顔を上げてしまった。ら、おかしそうに笑っている瑛と目が合って、けれども気まずさを持て余すよりも先に、行くぞと間髪入れずに相手が立ちあがってしまった。なのであかりも自然にその後を追っては、念願のローマ風呂へと向かったのだ。

 ホームページで見た写真よりも迫力のあるローマ風呂を堪能したあとは、部屋に戻ったところでタイミングよく夕飯の準備が始まるところだった。THE・旅館料理、というラインナップの夕飯は更に旅行気分を盛り上げてくれて、いつもよりも食べ過ぎてしまった感は否めない。
 そうして気まずさはだいぶ薄れ、あれこれと他愛無い会話を問題なくできほどに落ち着いていた。けれどその間にも時計の針は進んで行き、日付が変わりそうなった頃にはうつらうつらと眠気が手を振ってきた。
「そろそろ寝るか」
「…ん」
 促されるままに頷いて、ふわあっとあくびを一つ。けれど意識を布団へと向けたところで、忘れていた緊張を思い出した。しかしそんなあかりとは裏腹に、瑛はさっさと身支度を整えて寝る準備に取り掛かっている。
「あかり、電気はどうする? 全部消すか?」
「よ、よろしくお願いします」
 はいはいという適当な返事のあと、あかりの希望通りに室内の電気が消された。真っ暗になった室内で、隣の布団に入る瑛の物音がやけに大きく聞こえる。
「…瑛くん、おやすみなさい」
「おやすみ」
 なんとなく気まずくて、瑛から背を向ける。さっきまでは眠くて仕方がなかったはずなのに、いざ眠ろうしたら眠気はどこかにすっ飛んでしまった。どきどきどき、とすっかり落ち着いたはずの鼓動がまた速くなる。胸を押さえて少しでもおさまれと念じてみるものの、その効果はまったく効果は発揮されなかった。逆にどんどん目が冴えていく気がして、もぞり、と身じろぐ。身体の体勢を仰向けに変えると、薄暗い天井を見上げてみる。少しだけ暗闇に目が慣れて、うっすらとならば隣にいる瑛の姿くらいは確認することができた。瑛は先ほどのあかりと同じように、こちらへ背を向けるようにして寝ている。
「……」
 手を伸ばせば届く距離に瑛がいるのに、向けられているのが背中というのが、ひどく寂しい気持ちになった。
(瑛くん)
 胸中で名前を呼んで、ぎゅっと布団の端を掴む。
 ここで、もし、手を伸ばして瑛に触れたならば、きっと後戻りができないのはさすがのあかりにもわかった。
 そもそも瑛は、最初からそのつもりだったのかもしれない。けれどあかりの準備が整っていないとわかったから、強引に求めては来ないのだ。思えば、今日は手を握る以上のことを彼はしてこない。それはきっと、瑛なりの自制心の賜物によるものだろう。
 布団から手を離し、瑛ではなく、瑛の布団に触れる。
 どうしようと、心に迷いはまだ、ある。
 どうしようと、何度も繰り返す。
 どうしようと、戸惑って、でも、それでも。
「……瑛、くん」
 ちいさく、頼りなげに、あかりは瑛の名前を呼ぶ。ぎゅっと布団を握って、心臓はもう、どうしようもなく早鐘を打つ。
 数秒の間のあと、なぜか呆れたような溜息が聞こえた。
「……いい子はもう寝る時間だろ」
「子供じゃ、ないもん」
「今なら、まだ子供扱いしてやれるんだぞ」
「……わかってる。わかってて、わたし」
 と、それ以上は言葉に詰まり、なんて続けていいのか悩んでしまう。けれどその間に瑛が上半身を起こして、あかりを見下ろしてきた。あーと低く唸ったあと、彼がこちらへと身を寄せる。寝た状態のまま動けないあかりの横顔に、とん、と瑛の手が置かれた。この暗闇でも表情がわかるほど、顔が近づけられる。
「いいのか」
 確認。
 きっと、これが最後だ。
 ここで拒否すれば、瑛は引いてくれるだろう。
 そういう優しい人だと、あかりは知っている。知っているからこそ、あかりはその優しさに甘えていた。だからこそ、逃げたくないと思った。
「いいよ」
 言ってしまったと、身体が無意識に強張る。
 心臓の鼓動が、耳にうるさい。実は耳のすぐそばに心臓があるんじゃないかと思うほどだ。
「あかり」
 名前を呼ばれて、瑛の顔が近づく。彼の髪が顔を掠めて、くすぐったい。掛け布団が避けられて、彼の手が浴衣の上からあかりの腕を滑るように撫でた。まるで確認するように手を握り、もう片方の手でこちらの頬に触れる。
「……なるべく、痛くないように努力する」
 ぼそりと、瑛は言う。その言い方と、言葉に彼からも同じような緊張が伝わってくる。
「……お願いします」
 同じように、あかりもぼそりと呟いた。なんて返すのが正解だなんてわからなくて、しかしそれは瑛も同じなのだろう。お互いのいっぱいいっぱいな空気を張りつめさせたまま、瑛の唇があかりの唇へそろそろと触れた。ふに、と柔らかい感触を受け止めて、けれどそれが妙におかしくて。そうして初めて瑛とキスをしたときのことを思い出した。
 それは卒業式の灯台でもなく、羽ヶ崎に入学したばかりの事故でもなく、もっとうんと幼いあの日のことだ。
 泣いている幼いあかりに、同じく幼い瑛はもう一度会えるようにとキスをしてくれた。
「あかり」
 唇を重ねたまま、名前を呼ばれる。眼の前にいる瑛はあの日の男の子のような幼さはすでになく、けれどもそれとは別の面影は確かに残っていた。


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割と昨日カッとなって書き上げててちょっと手直ししたんですけども本当の戦いはこれからだ!!!!!!!!!!!!!!

いかがわしい表現ってなんか頭と体力使うよねヾ(:3ノシヾ)ノシ
むしろいかがわしいのがいかがわしくなってるのかいつも不安ヾ(:3ノシヾ)ノシ

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