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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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テルプラス2


 熱海に到着してすぐに駅前のロータリーでタクシーを捕まえると、二人は荷物を降ろすべく宿泊予定の旅館へと向かった。
「わあ」
 旅館の手前でタクシーを降りたあかりは、外観を眺めて眼を輝かせる。昨今の流行りのおしゃれな旅館ではなく、どこか懐かしい雰囲気を漂わせる旅館だった。子供の頃の家族旅行で訪れたそれに似た佇まいに、あかりのテンションはうなぎ登りだ。思わず小走りで入口まで向かうと、すかさず背後からは「転ぶぞ」なんて、それこそ昔の父親のような忠告が飛んできた。
 あかりは入口の手前で立ち止まり、少し遅れてやってくる瑛を待つ。そうして二人揃って入口をくぐれば、いらっしゃいませと着物姿の女性に出迎えられる。
「ええと、今日と明日の一泊二日で予約した佐伯ですが」
「佐伯様ですね。…はい、お部屋のご用意が出来ております」
「荷物だけ預かっていただけますか? 部屋には観光から戻ってきてからで」
「畏まりました。では、お荷物をお預かりします」
「お願いします。ほら、あかりも」
「あ、うん。お願いします」
 つと、瑛の視線がこちらに向けられて、あかりはハッと我に返った。旅行用の大きなカバンを渡したあとは、笑顔の従業員の方たちに見送られて再び熱海の街へと戻る。さきほどはタクシーを使ったが、駅から旅館までの距離がそこまで離れていないのがわかったのと、せっかくだからと歩いて散策することにした。
「海だね、瑛くん」
「はばたき市にも海くらいあるだろ」
「そうだけど。はばたき市とはまた違うっていうか」
 むっと抗議の視線を送れば、はいはいといつものように流す瑛。それでも瑛の視線は海へと向けられ、5月でもサーフィンも楽しむ人たちをどこか羨ましげに見つめていた。
「……天邪鬼」
「何か言ったか?」
「おなか空いたなって言いました」
「おまえな」
 あっさりと自分の言葉を撤回してチョップの制裁を逃れてみれば、予想通り瑛は呆れたような仕草を見せた。けれどチョップを繰り出すと予想していた手はそれを裏切り、代わりにこちらの手を握ってきた。つまり、手を繋いでいる状態になる。
「……瑛くん?」
「なに?」
「いや、別に、なんでも」
「嫌なら離すけど」
「い、いやじゃない! 全然! 全然いやじゃない!」
「よし」
 なんて、なぜか瑛の方が偉そうにしたあと、それが照れ隠しなのだと察してしまった。ら、よりその照れは隠されずにあかりにも伝染する。
 休日に二人、手を繋いで歩くなんて何度もしてきたことで。けれど今日はそれがひどく新鮮な気持ちになるのは、旅行という気持ちの高揚が大きく作用してるいるのだろうか。
「…お昼、何食べようか」
 あかりはようやくそれだけを言うと、そうだなと瑛が返す。そのあとはまた黙り込んでしまって、けれどその沈黙が嫌なわけではなく。
 きゅっと瑛の手を握れば、瑛も同じように握り返してくれた。


「ねえ、瑛くん。恋人たちの聖地だって!」
「……」
 お昼を済ませて腹が満たされたからか、あかりはテンション高く観光名所を回り始めた。
 瑛もあかりも熱海には来たことがないということで、ならばオーソドックスな観光地を回ろうということに決定したのだ。事前にいくつか候補をあげてはいたのだが、地理的なものを改めて調べてみれば、駅から二人の宿泊する旅館の間に有名所が集まっていたのと、唯一一番離れている伊豆山神社だけは明日に行くことで話は纏まった。――のだが。
「てーるくーん!」
 にこにことあかりが機嫌よく手招きするものの、瑛はある一定の場所からこっち、距離を詰めてこない。渋い顔であかりを見つめて、ジーンズのポケットに手を突っ込んでいる。そして、
「……次に移動しないか」
「今来たばっかりでしょ。ほら、観念して」
 カムカムと手招きをすれば、ようやく瑛は諦めたように保っていた距離を詰めてきた。けれどもそわそわと落ち着かなげに周囲を伺ったあと、「恋人の聖地」とはっきり表記されたプレートからさっと目を背けた。
「ねえ、瑛くん。この手形って二人で使うんだよね? 恋人って書いてあるし」
 プレートの上に設置された大きさの違う手形を指して、あかりは問う。すると瑛はちらりと一瞬だけ視線を寄越したあと、再び明後日の方向へ逸らして「そうじゃないのか」とだけ返してきた。
「でも、これって普通に置いたら背中合わせになっちゃうよね? 変じゃない?」
 手形の大きさからいって、女性は右手を男性は左手を置くように作られていた。あかりはうーんと考え込むと、痺れを切らした瑛が思わず、というように呟いた。
「向かい合って、手を交差させるんじゃないのか?」
「…あ!」
「やらないからな」
 あかりの考えを先読みしてか、すぐさま却下が下る。
 「えー」と無駄な抵抗をしてみるも、「やらないからな」ともう一度念を押されてしまったのでこれ以上はチョップを覚悟しなければいけない。今日明日と一緒にいるのだから、できるだけチョップは回避したい。あかりとしては次の場所へ移動することでこの場を収めた。
 そうして次に向かったのは熱海城。ロープウェイを使って昇り、はばたき城とはまた違った趣の場内を堪能した。天守閣には「愛の岬」なるものがあって、想像していたよりも熱海という場所は恋人向けのスポットが多い。当然のようにここでも瑛は居ずらそうに視線を彷徨わせていたけれど。
 けれど熱海城を後にし、帰りのロープウェイの乗り場ではさすがのあかりも気まずさに固まってしまった。熱海と言えば秘宝館という建物が有名で、なんとなくその存在は知ってはいたがまさか出入り口であからさまな男女関係の象徴たるものがでんと鎮座しているとは思いもよらなかったのだ。一瞬何かわからず、けれどそれが「ナニ」かだと理解して瑛を振り返ることなど出来ず、されど妙に早足になることもできず。そしてそれは瑛も同じで、帰りのロープウェイは不自然に口を閉ざしてしまった。
 しかし今となればこれがフラグだったのかと、あかりは思い知らされることになる。

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【アムネシア】ウキョウ×主人公

フッ――と。
 落ちていた意識が、目を覚ます。
 その表現は正しくて、そうして気が付いた「オレ」は薄暗い室内を見渡す。そこが自室だということにはすぐに気が付いたものの、けれどいつもならあるはずのない、正確にはいるはずのない人物の姿に気が付いてぎくりと身を硬くした。ちらりと視線だけ向けたあと、相手の様子を伺ってみればすうすうと呑気に寝息を立てて眠っているらしかった。
「……」
 ウキョウは数秒相手の寝顔を見つめ、けれど起きる様子のない彼女との距離を少しだけ詰めた。それでもやっぱり起きる気配のない彼女に、思わず顔を顰めてしまう。
 どうして、もはや何度目になるか数える方がばからしくなるほど、同じ疑問がウキョウの中で浮かぶ。「俺」とは違って「オレ」が彼女に触れるときは、決まって命を奪うときだけだった。時には電車に
突き飛ばすように背中を押し、屋上から落とすために抱き上げ、そうしてこの手で彼女の首を絞めて息の根を止めたこともあった。
 何度も何度も何度も彼女の命を奪ってきたというのに、それでもこの女は「俺」と「オレ」の両方の存在を認め、好きだと言う。
 正直オレ以上に頭がぶっ飛んでるんじゃないかと思う。
 「いま」は生きているとは言っても、他の世界では死んでいるのだ。そんな原因を作ったのは他でもない「オレ」自身だというのに、それでも彼女はくったくない笑顔で、耳障りの良い声で「ウキョウ」と呼ぶのだ。
 その態度は「俺」でも「オレ」のときでも変わらない。同じ笑顔で、同じ声で呼ばれる名前に、いつしかどうしようもなく泣きそうになっていた。殺すことでしか触れたことのない彼女を、今度は殺さずに触れることができるのだろうか。そんなことが許されるのだろうかと、らしくもなく最近はそんなことばかり考える。
「……ばからし」
 毒づいて、ウキョウは彼女から視線を逸らすと共に立ち上がる。寝室として使っているもう一つの部屋のドアを開ければ、そこに「とりあえず」突っ込まれたであろう洗濯物やごみの山を目の当たりにして「俺」への殺意が一気に湧き上がったが、ひとまずそれはぐっと堪えてなるべく清潔そうなタオルケットを取り出す。再び開かずの扉よろしく寝室を閉めれば、ウキョウはそのタオルケットを彼女に掛けてやる。まだまだ起きそうにないその顔を見つめ、ほんの指先を掠めるような動きで頬に触れてみる。すると「…ん」と微かに相手から声が漏れて、すぐさま手を引いた。
 どっ、どっ、どっ、と速やる心臓に内心で舌打ちをして、前髪をかき上げる。
「ばかはオレか」
 囁くように呟いて、ため息。
 「俺」が起きる前に彼女が起きてくれたなら。
 こいつの名前を呼んでみようかなんてらしくもないことを考えてしまった。





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急にウキョウさん熱がだだ上がってカッとなった結果がこれである。

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琥一×年下バンビ小話

フリリクでいただきました20歳琥一と高校生バンビ小話です。


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 昼休憩の合図で作業を止めて、事務所に戻ったところでタイミングよく携帯電話のバイブレーションが着信を告げた。ブーッ、ブーッと震えるそれを開いて内容を確認すれば、画面にはメールのマークが点滅している。ボタンを操作してそのメールを開いてみると、送信相手は幼馴染で恋人でもある美奈子からだった。琥一よりも年下で、現在高校二年生の彼女は今日から修学旅行に行くと言っていたなと、先週のデートをした日に本人が楽しそうに笑っていた顔を思い出す。メール画面には一言、「京都にいます!」の文章と共に画像が添付されていた。画像を開いてみればそこには笑顔の美奈子と、クラスメイトだろう同じはばたき学園の制服を着た女子と男子の姿があった。美奈子の顔が近いことから、おそらく自分で携帯のカメラを持って撮影しているだろうことは推測がついたし、写りこんでいる男子生徒が背後から無理やり入り込んだであろうことも推測がつく。――のだが、
「うーわ、美奈子ちょうかわいい」
「ッ、バカルカァ!」
 ひそり、と唐突に背後から掛けられた声に我ながら情けない声が飛び出しそうになるのを済んでで抑え込む。代わりに罵声を突然の来訪者へ向ければ、相手は気にした風でもなくひょいと肩を竦めてみせた。
「かわいい美奈子と同じくらいかわいい弟が弁当持ってきてやったのにその言い分はないんじゃねーの?」
「何がかわいいだ。つうかテメェ、大学はどうした」
「休講」
 一言で納得の理由を告げて、琉夏は事務所の空いている椅子に座り込んだ。持ってきた琥一の弁当をテーブルの上に置き、琉夏は琉夏で自分用の昼食を広げ始める。メロンパンにデニッシュパンにたらこおにぎりとコーラという食い合わせをまったく考えていないような炭水化物オンパレードに若干顔を顰めつつ、琥一も琉夏の向かい側へと腰を下ろした。
「そんで? 美奈子って今修学旅行なの?」
「ああ」
「へー。修学旅行とか高校生の一大イベントだし、浮かれるよなー」
「……」
「美奈子なんてかわいいし? 告白なんかされてたりしてー」
「……」
「こんな強面のオニーチャンより優しい琉夏くんのがいい! 抱いて! ってなるかもしんないしなー」
「おいこら、最後のやつは違ぇだろ」
「あれ?」
 あからさまにすっとぼけた顔をして、琉夏はメロンパンの袋を破いた。もぐもぐとのんきに咀嚼をしながら、でもさと話を続ける。
「告白なんかされてたりしてっていうのはありえそうじゃねえ?」
「テメェはどうあっても俺に喧嘩を売りてえらしいな」
「てへ、バレた?」
「上等だ、表出ろ」
「おー、怖ぇ」
 ひょいと肩を竦めて、琉夏は気にするでもなくコーラでメロンパンを飲み込む。そのままデニッシュパンの袋を破りつつ、にやにやとした笑いを浮かべているものだから琥一は逆に冷静な気持ちで弁当を食べることに集中した。こいつの暇つぶしに付き合ってられるかといつもよりもはやく昼食を済ませて、琥一は席を立つ。そのまま事務所を出れば、設置されている自販機へと向かう。ポケットに突っこんだままの小銭を取り出して自販機へと投下すれば、いつものブラックコーヒーのボタンを押す。がこんと落下音と共に目当てのそれを受け取り口から取り出すと、プルタブを引き上げた。
「……」
 琥一は去り際に持ってきていた携帯電話の画面をもう一度開く。美奈子から送られてきたメールには、変わらずに彼女の笑顔がこちらに向けられていた。屈託なく笑う美奈子に思わず口元が緩みそうになるものの、背後に映った男子生徒の姿に再びきつく引き結ぶ。そうして一気にコーヒーを飲み干して、空になったコーヒー缶をゴミ箱へと放り投げる。がしゃん、と缶同士がぶつかる音が響いて、それがなんだか空しさを煽る。
(…バカか、俺は)
 内心で毒づいて、嘆息を吐く。すると、ブーッ、ブーッ、と再び手の中の携帯電話が振動した。驚いて取り落としそうになるものの、どうにかそれは免れた。開きっぱなしの画面はメール受信画面ではなく、電話の着信を告げていた。それも、美奈子からだ。
「……もしもし?」
『あ、コウちゃん? 今ってお昼休憩中?』
「ああ」
『よかったー!』
 美奈子の声の向こうでガヤガヤと騒ぐ声が聞こえる。恐らく先ほどメールで送ってきた場所からあまり移動していないのだろう。
「おまえ、修学旅行中に電話なんかしてていいのか?」
『大丈夫、さっきコウちゃんにメールしたらなんか声が聴きたくなちゃって』
 わたしの方こそごめんね、なんて続けられてしまっては、琥一としてもそれ以上咎めるような言葉を言えるはずもなく。むしろ、自分の方こそつまらないヤキモチを妬いていたことに自己嫌悪に押しつぶされそうだ。
『……あのね、コウちゃん』
「なんだ」
『おみやげはいっぱい買っていくけど、今度は一緒に来たいな』
 と、そう美奈子が言い終わるタイミングで、背後から教師のものであろう集合の号令が聞こえた。そして近くにいたであろう友人たちの美奈子を呼ぶ声に彼女自身も慌てて「また連絡するね」と申し訳程度の謝罪と共に電話は切れてしまった。慌ただしい通話が嵐のように去っていき、琥一は苦笑を浮かべた。これじゃあどっちが年上なんだかわからねえなと独りごちて、琥一は午後の仕事へと気合を入れ直す。
 とりあえず、今日の仕事帰りに旅行雑誌でも買って帰るかなんて考えてしまっている辺り、我ながらゲンキンだなと琥一は肩を竦めるのであった。

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芹沢×かなで小話

「それでこの間、響也が電話してきてね」
 と、その時のことを思い出したのか、かなではふふっと笑ってアイティーのグラスから伸びているストローを指先で摘まむ。そのままくるくると回すと話の続きを再開した。内容としては横浜に住む幼馴染の元へ、実家から大量に送られてきたリンゴに辟易しつつもどうやって食べきるべきかとかなでにヘルプの電話をしてきたらしい。そんな些細なやり取りを楽しそうに笑う彼女は大変かわいらしいのだが、芹沢にはどうしても先ほどから引っかかるところがあった。
「で、響也と律くんがジャムを作ったらしいんだけど」
 話を続けるかなでの言葉に、ぴく、とわずかに眉が跳ねた。誤魔化すように芹沢は自分の分のアイスティーへと手を伸ばせば、ふいに相手はきょとんと眼を瞬いて見せた。ほんの少しだけ上目遣いでもってこちらを見たあと、小首を傾げる。
「芹沢くん、どうかした?」
「……どう、とは?」
「うーん、なんて言っていいのかはわからないんだけど」
 と、かなでは更に困ったように眉根を寄せる。からん、とグラスの中の氷が澄んだ音を響かせた。
「……」
「……」
「……星奏のお二人は、幼馴染でしたよね」
「響也と律くん?」
「そうです」
「うん。物心ついたときから兄弟みたいに一緒に過ごしてきたんだ」
「……でしょうね」
 ふっと短く息を吐き出して、芹沢はアイスティーを一口、飲み込む。その間にも目の前の彼女は再び困った顔で持ってうーんと小さく唸っていた。しまったな、と内心で芹沢は毒づく。困らせたいわけではないのだ。ただの自分のつまらない嫉妬心が原因なだけで、彼女は悪くない。そんなことはわかっているのに態度に出してしまっている自分自身へ、更に苛立ちが募る。だめだ、と心の中で頭を振り、芹沢はかなでへと視線を向ける。小日向さん、と呼びかけようとして、けれどじっと真剣に見つめてくるかなでの目と目が合い、口を紡ぐ。ずい、とかなではさらに距離を詰めるように顔を近づけると、一度唇を引き結んでは口を開いた。
「む、つみ、くん!」
「え」
「睦、くんって、呼んでも、いいかな……」
 二度、なんともぎこちなく彼女の唇から自分の名前が呼ばれる。そう、名字ではなく、名前だ。まるで自分のつまらない、小さな葛藤が見透かされたようで、じわじわと内側から熱が点ったように熱くなる。
「……かなでさん」
「は、はい!」
「と、俺もお呼びしても?」
「……あ、えっと…はい、ぜひ」
 さっきまでの勢いが急激にどこかに行ってしまったかのように、目の前の愛しい恋人はきゅっと肩を縮こませてしまっていた。
「好きですよ。かなでさん」
「……あの、ちょっとすいません恥ずかしいです」
「何がですか? かなでさん」
「もう! む、睦くんのいじわる!」
 顔を覆ったままった抗議の声を出すかなでに、芹沢はついに声を出して笑い出したのだった。

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芹沢×かなで小話

夏休みが明けた九月一日。かなでは改めて転校生して神南高校のクラスメイトへと自己紹介をしていた。休みの間に学校内には部活の練習のために頻繁に来ていたし、神南の制服もほぼ毎日着ていたのもあってなんだか妙な気持ちだった。さらに同じクラスに芹沢がいたものだから、その妙な気持ちに拍車が掛かるというものだ。ほんの二か月弱の間で、芹沢と自分の関係は大きく変わっていた。所謂恋人同士というものになっていて、かなではうれしいやら恥ずかしいやらで芹沢の顔をまともに見ることができなかったのだが、そんなこちらの気持ちやら何やらにはお構いなしに、なぜか彼との関係がクラスメイトたちに周知されていた。
 芹沢くんと付き合ってるんだよね? と疑問形ではなく断定系で問われて、かなでは思わず素っ頓狂な声を上げそうになってしまった。寸でのところでそれは堪えることに成功したけれども、そんな彼女の反応に他の数名の女子が集まってきてはかなでを取り囲んでは矢継ぎ早に言葉を投げかけてきた。
「いいなー! あんな素敵な彼氏がいて」
「芹沢くんが恋人って憧れるよねー。執事みたいだし!」
「そうそう! スマートに色々気遣ってくれるんでしょう?」
 悪気のない彼女たちの好機の視線と言葉にええと口の中で小さく呻いて、ひとまずに曖昧な笑みを浮かべる。どうしようと内心で困っていれば、小日向さん、と輪の少し離れた場所から声が掛けられた。
 その場にいた全員がその声へと視線を向ければ、そこには噂の張本人である芹沢睦の姿があった。
「芹沢、くん」
「皆さん申し訳ありません。これから俺と彼女は部活がありますので、失礼してもよろしいでしょうか?」
 まさに鶴の一声のように、彼が言ったあとはかなでを取り巻く女子たちはそれぞれに軽い謝罪やまた明日ね等の別れの言葉を残して教室から去って行った。思わずほっと胸を撫で下ろすと、気遣わしげな芹沢の目と目が合った。
「大丈夫ですか?」
「えっと、まあ、そこそこ」
「ならいいんですが。何かあったらすぐにおっしゃってください」
「うん」
 頷いて、かなでは芹沢の隣に並んだ。部室へ向かう廊下を歩きながら、あの、とかなでは控えめに声を掛けた。芹沢は足を止めると、かなでへと視線を向ける。
「わ、わたし、その」
「はい」
「芹沢くんのこと、執事だなんて思ったことないから!」
「……」
「……」
「……ップ」
 目の前で噴出す芹沢を目の当たりにして、かなでは「あれ?」と小首を傾げた。今、自分はものすごく真剣に真面目なことを訴えたはずだったのに、どうして芹沢は肩を震わせて笑いを堪えているのか。気合の意味も込めてぐっと握った拳を緩めれば、まだ笑いを引きずった彼の手が伸びてきた。その手がぽんぽんとかなでの頭を撫でて、けれどまたくつくつと笑いを再開してしまう。
「も、もう! 芹沢くん!」
「……ホンマ、かなわんなあ」
 一頻り笑い終わったあと、芹沢はかなでの手に触れた。軽く引かれて、互いの距離が詰められればどき、と心臓が高く鳴る。
「俺は、そんなあなただから好きになったんですよ」
「……それは、どうも、ありがとうございます」
「どういたしまして」
 にこり、と今度はからかうのではなく余裕の笑みが返されて、かなではそれ以上何も言うことができず部室へと向かうことになった。
 当然、真っ赤になった顔を東金と土岐が見逃すことはなく、小一時間ほどからかいのネタになったのも言うまでもない。



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芹かなかわいすぎてカッとなって書いたけれど難しいですね!

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