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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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瑛プラス

待ち合わせ場所である駅前で、あかりは大きめのバッグを足元に置いた。左腕に巻かれた腕時計で時間を確認すれば、待ち合わせの時間より二十分も早い。まるで遠足を目前に控えた小学生よろしくウキウキそわそわとした気持ちでいっぱいだ。早すぎる到着に周囲を見渡し、当然待ち合わせ相手はまだ来ていないと思っていた矢先、
「……早いな」
 あかりが来たのと反対方向から、彼女と同じように大きめのバッグを手にした瑛が現れた。
「瑛くんこそ、早いね」
「まあ、ほら、新幹線だし。乗り遅れるわけにもいかないだろ」
「そうなの! だからわたしも早めに来ようと思ったら早く来すぎちゃって。瑛くんも同じで良かったー」
 にこにことあかりが機嫌良く笑うと、何故か瑛の顔はどんどん渋く顰められる。眉間の皺が寄っていく理由がわからずにあかりが小首を傾げれば、すぐさま彼女の額にチョップが落とされてしまった。
「痛い!」
「コンビニ、行くぞ」
「それだけ言えばいいじゃない! チョップは必要ないでしょ!」
「能天気なおまえが悪い」
「意味わかんないよ」
 横暴な瑛の言い分に唇を尖らせて抗議するも、彼は相手にしないようにさっさと歩きだしてしまった。その後ろ姿を慌てて追いかけていけば、ちらっと振り返った瑛と目が合った。あかりは再び笑顔を浮かべ、瑛の隣に並ぶ。彼の服の端を掴んで、軽く引っ張った。
「晴れてよかったね」
「そうだな」
「瑛くんとの旅行、楽しみだよ」
「…そうだな」
 同じ単語を繰り返す瑛ではあったが、その顔が妙に険しくなっていることに、あかりはつっこみを入れないことにした。また迂闊なことを言って、チョップの制裁を受けるかもしれない。触らぬ瑛にチョップなしだ。
 そもそも瑛との旅行に行くことになったのも、彼の気まぐれなのだ。瑛の家でたまたま点けていたテレビが「近場の旅行特集」なる番組を組んでいて、「旅行、行きたいなー」と何となく呟いたあかりの言葉に、「…行くか?」と珍しく乗ってきたのが原因だ。普段なら人混みの多いところは(建前として)嫌がる瑛の珍しい反応に、思わずあかりは食いついてしまった。
「行きたい!」
「即答かよ」
「だって、瑛くんと旅行に行きたいもん」
「…おまえ、ちゃんと意味を理解して言ってる?」
「え?」
「……わかってたよ。おまえがそういう鈍なやつだっていうのは」
「ええー? なにそれ?」
「ウルサイ。あんまり騒ぐと連れてってやらないぞ」
「ごめんなさいお父さん」
 恋人同士になっても変わらない親子漫才を経て、話はとんとん拍子に進んでいった。宿泊は一泊二日と短めな上に、初めての旅行とあって場所は近場の熱海だ。はばたき市から新幹線に乗って一時間ほどの距離なのと、「旅行っぽい場所」というあかりの意見が通った結果だった。
 あかりは事前に購入していた切符を財布から取り出すと、瑛の後に続いて改札口を通る。あまり頻繁の乗ることのない新幹線の乗り場は、どきどきと心臓を高鳴らせた。けれどそれは、何も新幹線だけのせではない。
 瑛と恋人となって二か月。
 お互い同じ一流大学へと進学し、けれど高校のときよりも一緒にいる時間は少なくなった。受ける講義の違いや、珊瑚礁という一緒に働いていた場所がなくなってしまったからなのは当然と言えば当然だ。高校生のときよりメールや電話の回数は増えたといっても、やはりちゃんと目と目を合わせ、電話越しではない瑛の声が聴きたい。この一泊二日はその我儘が叶うのだと思えば、どうしたって顔がにやけてしまう。うれしい、とちょっとでも油断すればその単語だけで頭の中が埋め尽くされてしまっていたら、どん、と瑛の背中に衝突してしまった。
「……なにしてんだ」
「……ちょっと考え事を」
「どうせ熱海で何食べるかってことばっかり考えてたんだろ」
「ち」
 がう、と続けようとして、何ともタイミングよくきゅるると間の抜けた音が上がる。しん、とお互いの間に沈黙が落ちて、ぷっと堪えきれずに笑い出したのは瑛の方が先だった。というか、あかりの方は恥ずかしさの方が先に立って笑ってる場合ではない。
「おま…、本当…っ」
 くくっと楽しそうに笑う瑛に「もう!」っと抗議の態度を見せれば、わかったわかったと宥められる。新幹線の指定席に座るように促されてしまったので、あかりはしぶしぶその意思に従って腰を下ろした。それでも頬を膨らませて唇を尖らせていると、横からこちらのご機嫌を伺う甘い捧げものが差し出された。
「ほら。どうせ現地に到着するまで小腹が減ると思ったし、作ってきた」
「え?」
 まんまと差し出されたそれを受け取ってしまい、ついでに中身を確認してしまう。そうして数種類のクッキーの存在を見て、再び瑛へと視線を移す。どうぞばかりに肩を竦まれてしまったので、どこか負けたような気がするもののあかりは有難く一枚のクッキーを摘まんだ。瑛も同じように袋からクッキーを取り出して口の中へと放り込む。
 ほどよい甘さのクッキーの味を噛みしめていれば、新幹線内に発車のアナウンスが流れ始めた。
「瑛くん」
「ん?」
「旅行、楽しもうね」
 そうあかりが言うと、そうだなと瑛は笑い返してくれた。


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お試し版とか言いながら中途半端に書いたもの1年以上放置してしまってさすがにあれだなと思ったのでブログでのろのろ書いてゆきたい所存。
生暖かくお付き合いくださいましたら幸いでございまする。

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