フリリクでいただきました20歳琥一と高校生バンビ小話です。
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昼休憩の合図で作業を止めて、事務所に戻ったところでタイミングよく携帯電話のバイブレーションが着信を告げた。ブーッ、ブーッと震えるそれを開いて内容を確認すれば、画面にはメールのマークが点滅している。ボタンを操作してそのメールを開いてみると、送信相手は幼馴染で恋人でもある美奈子からだった。琥一よりも年下で、現在高校二年生の彼女は今日から修学旅行に行くと言っていたなと、先週のデートをした日に本人が楽しそうに笑っていた顔を思い出す。メール画面には一言、「京都にいます!」の文章と共に画像が添付されていた。画像を開いてみればそこには笑顔の美奈子と、クラスメイトだろう同じはばたき学園の制服を着た女子と男子の姿があった。美奈子の顔が近いことから、おそらく自分で携帯のカメラを持って撮影しているだろうことは推測がついたし、写りこんでいる男子生徒が背後から無理やり入り込んだであろうことも推測がつく。――のだが、
「うーわ、美奈子ちょうかわいい」
「ッ、バカルカァ!」
ひそり、と唐突に背後から掛けられた声に我ながら情けない声が飛び出しそうになるのを済んでで抑え込む。代わりに罵声を突然の来訪者へ向ければ、相手は気にした風でもなくひょいと肩を竦めてみせた。
「かわいい美奈子と同じくらいかわいい弟が弁当持ってきてやったのにその言い分はないんじゃねーの?」
「何がかわいいだ。つうかテメェ、大学はどうした」
「休講」
一言で納得の理由を告げて、琉夏は事務所の空いている椅子に座り込んだ。持ってきた琥一の弁当をテーブルの上に置き、琉夏は琉夏で自分用の昼食を広げ始める。メロンパンにデニッシュパンにたらこおにぎりとコーラという食い合わせをまったく考えていないような炭水化物オンパレードに若干顔を顰めつつ、琥一も琉夏の向かい側へと腰を下ろした。
「そんで? 美奈子って今修学旅行なの?」
「ああ」
「へー。修学旅行とか高校生の一大イベントだし、浮かれるよなー」
「……」
「美奈子なんてかわいいし? 告白なんかされてたりしてー」
「……」
「こんな強面のオニーチャンより優しい琉夏くんのがいい! 抱いて! ってなるかもしんないしなー」
「おいこら、最後のやつは違ぇだろ」
「あれ?」
あからさまにすっとぼけた顔をして、琉夏はメロンパンの袋を破いた。もぐもぐとのんきに咀嚼をしながら、でもさと話を続ける。
「告白なんかされてたりしてっていうのはありえそうじゃねえ?」
「テメェはどうあっても俺に喧嘩を売りてえらしいな」
「てへ、バレた?」
「上等だ、表出ろ」
「おー、怖ぇ」
ひょいと肩を竦めて、琉夏は気にするでもなくコーラでメロンパンを飲み込む。そのままデニッシュパンの袋を破りつつ、にやにやとした笑いを浮かべているものだから琥一は逆に冷静な気持ちで弁当を食べることに集中した。こいつの暇つぶしに付き合ってられるかといつもよりもはやく昼食を済ませて、琥一は席を立つ。そのまま事務所を出れば、設置されている自販機へと向かう。ポケットに突っこんだままの小銭を取り出して自販機へと投下すれば、いつものブラックコーヒーのボタンを押す。がこんと落下音と共に目当てのそれを受け取り口から取り出すと、プルタブを引き上げた。
「……」
琥一は去り際に持ってきていた携帯電話の画面をもう一度開く。美奈子から送られてきたメールには、変わらずに彼女の笑顔がこちらに向けられていた。屈託なく笑う美奈子に思わず口元が緩みそうになるものの、背後に映った男子生徒の姿に再びきつく引き結ぶ。そうして一気にコーヒーを飲み干して、空になったコーヒー缶をゴミ箱へと放り投げる。がしゃん、と缶同士がぶつかる音が響いて、それがなんだか空しさを煽る。
(…バカか、俺は)
内心で毒づいて、嘆息を吐く。すると、ブーッ、ブーッ、と再び手の中の携帯電話が振動した。驚いて取り落としそうになるものの、どうにかそれは免れた。開きっぱなしの画面はメール受信画面ではなく、電話の着信を告げていた。それも、美奈子からだ。
「……もしもし?」
『あ、コウちゃん? 今ってお昼休憩中?』
「ああ」
『よかったー!』
美奈子の声の向こうでガヤガヤと騒ぐ声が聞こえる。恐らく先ほどメールで送ってきた場所からあまり移動していないのだろう。
「おまえ、修学旅行中に電話なんかしてていいのか?」
『大丈夫、さっきコウちゃんにメールしたらなんか声が聴きたくなちゃって』
わたしの方こそごめんね、なんて続けられてしまっては、琥一としてもそれ以上咎めるような言葉を言えるはずもなく。むしろ、自分の方こそつまらないヤキモチを妬いていたことに自己嫌悪に押しつぶされそうだ。
『……あのね、コウちゃん』
「なんだ」
『おみやげはいっぱい買っていくけど、今度は一緒に来たいな』
と、そう美奈子が言い終わるタイミングで、背後から教師のものであろう集合の号令が聞こえた。そして近くにいたであろう友人たちの美奈子を呼ぶ声に彼女自身も慌てて「また連絡するね」と申し訳程度の謝罪と共に電話は切れてしまった。慌ただしい通話が嵐のように去っていき、琥一は苦笑を浮かべた。これじゃあどっちが年上なんだかわからねえなと独りごちて、琥一は午後の仕事へと気合を入れ直す。
とりあえず、今日の仕事帰りに旅行雑誌でも買って帰るかなんて考えてしまっている辺り、我ながらゲンキンだなと琥一は肩を竦めるのであった。
[4回]