「それでこの間、響也が電話してきてね」
と、その時のことを思い出したのか、かなではふふっと笑ってアイティーのグラスから伸びているストローを指先で摘まむ。そのままくるくると回すと話の続きを再開した。内容としては横浜に住む幼馴染の元へ、実家から大量に送られてきたリンゴに辟易しつつもどうやって食べきるべきかとかなでにヘルプの電話をしてきたらしい。そんな些細なやり取りを楽しそうに笑う彼女は大変かわいらしいのだが、芹沢にはどうしても先ほどから引っかかるところがあった。
「で、響也と律くんがジャムを作ったらしいんだけど」
話を続けるかなでの言葉に、ぴく、とわずかに眉が跳ねた。誤魔化すように芹沢は自分の分のアイスティーへと手を伸ばせば、ふいに相手はきょとんと眼を瞬いて見せた。ほんの少しだけ上目遣いでもってこちらを見たあと、小首を傾げる。
「芹沢くん、どうかした?」
「……どう、とは?」
「うーん、なんて言っていいのかはわからないんだけど」
と、かなでは更に困ったように眉根を寄せる。からん、とグラスの中の氷が澄んだ音を響かせた。
「……」
「……」
「……星奏のお二人は、幼馴染でしたよね」
「響也と律くん?」
「そうです」
「うん。物心ついたときから兄弟みたいに一緒に過ごしてきたんだ」
「……でしょうね」
ふっと短く息を吐き出して、芹沢はアイスティーを一口、飲み込む。その間にも目の前の彼女は再び困った顔で持ってうーんと小さく唸っていた。しまったな、と内心で芹沢は毒づく。困らせたいわけではないのだ。ただの自分のつまらない嫉妬心が原因なだけで、彼女は悪くない。そんなことはわかっているのに態度に出してしまっている自分自身へ、更に苛立ちが募る。だめだ、と心の中で頭を振り、芹沢はかなでへと視線を向ける。小日向さん、と呼びかけようとして、けれどじっと真剣に見つめてくるかなでの目と目が合い、口を紡ぐ。ずい、とかなではさらに距離を詰めるように顔を近づけると、一度唇を引き結んでは口を開いた。
「む、つみ、くん!」
「え」
「睦、くんって、呼んでも、いいかな……」
二度、なんともぎこちなく彼女の唇から自分の名前が呼ばれる。そう、名字ではなく、名前だ。まるで自分のつまらない、小さな葛藤が見透かされたようで、じわじわと内側から熱が点ったように熱くなる。
「……かなでさん」
「は、はい!」
「と、俺もお呼びしても?」
「……あ、えっと…はい、ぜひ」
さっきまでの勢いが急激にどこかに行ってしまったかのように、目の前の愛しい恋人はきゅっと肩を縮こませてしまっていた。
「好きですよ。かなでさん」
「……あの、ちょっとすいません恥ずかしいです」
「何がですか? かなでさん」
「もう! む、睦くんのいじわる!」
顔を覆ったままった抗議の声を出すかなでに、芹沢はついに声を出して笑い出したのだった。
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