結婚式場という場所には、何度か招待されて訪れたことはある。けれどそれは、あくまでも「招待客」としてだ。主役として自分が使うことはまだ当分先のことで、むしろ想像すらもできない。そもそも相手がいないのだから具体的な想像ができないのも当然なのだが、今日の仕事は当然先の未来(できれば用意されていてほしい未来)での主役として撮影するというもの。結婚式らしく華やかな小道具や衣装が取り揃えられている現場で、英雄はつと目に留まったエンゲージリングの箱に手を伸ばした。ぱか、と簡単に開いた小箱の中には、男性用と女性用のリングがそれぞれ一つずつ収まっている。女性用のリングは当然男性もののそれより一回りほどちいさく、英雄はそれを指先で取り出すと、自分の左薬指へと嵌めてみた。が、当然女性用のリングは英雄の第一関節部分で止まってしまう。小指でも嵌められなさそうなリングの小ささをまじまじと見つめていると、ふいに背後から声が掛けられた、
「何してるんですか、英雄さん」
「あ、プロデューサー」
声を掛けられて振り返った先には、事務所の担当プロデューサーの女性が不思議そうな顔をしていた。英雄は薬指に指輪を嵌めたまま、ひらひらとその手をプロデューサーへと振って見せた。
「女の人の指って本当に細いなって思って」
「もう何してるんですか。だめですよ、小道具で遊んじゃ」
「ごめん。ちょっと気になっちゃって、つい」
むっと少しだけ眉を吊り上げる彼女に、英雄は慌てて指輪を外した。そうしてその指輪を元の場所に戻そうとして、再びプロデューサーを見た。ちょいちょいと手招きをすれば、彼女は小首を傾げつつも英雄の元へやってくる。そうして英雄は何気なく彼女の左手を取って、先ほどの指輪をスイ、と嵌めてみせた。するとぴったりと彼女の指に嵌められたそれを見て、「おお」と英雄は感心の声を上げた。
「すげえ、ぴったり! プロデューサー用の結婚指輪見たいだな!」
と。
そう英雄が悪意なく笑って相手の顔を見れば、彼女は顔を赤くして目を見開いていた。え、と英雄が驚いた顔をするのと同時に、プロデューサーは指輪を外して、けれどしっかりと英雄の手の中に指輪を握らせて、
「ちゃんと仕舞っておいてください!」
ぴしゃりと一言、お怒りの言葉を残して足早にその場を去ってしまう。一人残された英雄は呆然と彼女の後ろ姿を見送ったあと、再び手の中に戻された指輪へ視線を向けた。
「えっと…」
ぽつんと呟いて、数秒。先ほどの自分の行動をふいに思い返す。
ただの好奇心で彼女の指に指輪を嵌めただけだったけれど、よくよく考えてみたらまるでプロポーズのようではないか。それに気づいてしまうと、じわじわと恥ずかしさが込み上げてきた。
「英雄さーん! そろそろ本番ですよー!」
遠くで龍の声が聞こえるものの、すぐには返事が出来ずにその場に蹲って頭を抱えた英雄であった。
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