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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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佐伯にむらっとしたらこうなった

 やばい、と咄嗟に布団の中に逃げたのはいいものの、今度は違う意味で「やばい」と佐伯は思った。
 そもそも、往来の負けず嫌いに火が点いてしまったのが悪かった。大人げなく枕投げに夢中になってしまい、クラスメイトの誰かの「先生だ! 隠れろ!」の声で我に返った。
 頭から被った布団の中の視界は暗く、けれど目の前にいる相手の姿はぼんやりと視認できる。それくらい、近いのだ。彼女――海野あかりとの距離は。ぶっちゃけ、近いなんてものではない。殆ど抱き合ってるような状態なものだから、佐伯の心臓は早鐘を打ちっぱなしだ。耳元で鳴る心臓の音を黙らせたいが、耳を塞いだところでマシになるものでもないし、そもそも今は迂闊に動けない。というより、動きたくない。現状でもぎりぎりなのだ。悲しい男の理性的な意味で。
 男子部屋は、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。点呼確認の教師の姿がまだ見えないだけに、全員が全員、息をひそめているのだ。この妙な緊張感が、さらに追い詰められているような気がしてくる。
「…瑛くん」
 ふいに、あかりがちいさな声で佐伯を呼ぶ。声を発した吐息が頬を撫でて、思わず飛び起きそうになったのをどうにか堪えた。
「……なに」
「先生、まだかな?」
「まだだから皆黙ってんだろ」
「そうだけど」
 言って、あかりは身じろいだ。擦れるシーツの音が妙にいやらしく聞こえてしまい、佐伯はぎゅっと目を瞑る。余計なことを考えるな。そう言い聞かせるも、あかりは佐伯の体操着の裾を引っ張ってきた。逃がそうとしていた意識が再び引き戻される。
「若王子先生なら、見つかってもそんなに怒られないかな?」
「若王子先生が点呼だって保障ないだろ。学年主任なんかに見つかってみろ。オマエ、自由行動禁止だぞ」
「う」
 引きつった声を出すあかりに、佐伯は追いうちを掛けようしたその時、

 コンコン。

 男子部屋のドアがノックされる音が響いた。
 びくりと二人は同時に肩を跳ねさせると、佐伯はあかりの口を手で覆うと、咄嗟に抱き寄せた。部屋の緊張レベルが一段階上がったのは、気のせいではない。
「皆さーん、ちゃんと寝てますかー?」
 部屋の中の空気とは間逆の、なんとも気の抜けた担任の声が聞こえてきた。ドアの一番近くにいたであろう生徒が応対する声が聞こえて、佐伯もそちらに意識を集中させる。そうして若王子が去っていくのがわかってからも数分沈黙が流れたあと、どっと室内の空気が和らいだ。消されていた電気が点いて、隠れていた生徒たちが顔を出し始める。と、
「……」
「……」
 あかりの口を塞いで抱きしめたまま、佐伯はどうしたものかと動けずにいた。そのせいで周囲のざわめきに乗り遅れてしまい、さらにどうしていいのかわからなくなる。
「あかりー!」
 突然、彼女の友人の声が上がった。その声でまた教師が戻ってくるんじゃないかと思ったが、注意がそちらに向いたのは確かだった。佐伯とあかりはどちらともなく離れると、布団から脱出した。
「はるひ、ここ!」
「あかり! はよ帰ろう! 若ちゃんでも見つかったら大目玉やで」
「うん」
 言って、あかりは友人と二人で男子部屋から出て行った。室内はすでにまくら投げを再開する気配もなく、完全に就寝モードになりつつある。
「おーい、佐伯ー」
 ふいに、こちら側の友人(としてあまり認めたくはないのだが)である針谷が声を掛けてきた。が、無視。ごろんと布団に横になると、針谷には背を向ける態勢を取る。
「佐伯ってば」
「うるさいな、俺は寝たいんだ」
「海野と同じ布団の中に入ってやらかしたか?」
「やらかしてない!」
「ほー」
 思わず反論してしまい、しまったと思っても後の祭りだ。にやにや笑いの針谷と目が合って、佐伯はうんざりとため息を吐いた。
(…明日、チョップな)
 完全にあかりへの八つ当たりを心に決めて、佐伯はもう一度ため息を吐いた。

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