自分以外に代わる人がいない、そんな「特別」なんて望んだことはなかった。
ただ、普通でありたかった。
普通の家族で、普通に学校に行って、普通に友達と過ごして、普通な日常を送る。それだけで十分だったはずなのに、わたしの日常から突然「普通」が取り上げられてしまった。
テレビや映画で良く見る要人をガードするボディーガードのような風体の人たちが私の両サイドを挟み、いまでは珍しい古い日本家屋へとわたしは連れて来られた。迷子になりそうな廊下を進み、無駄に広い畳の部屋と通される。わたしは促されるままに部屋に入ると、用意されていた座布団の上に正座した。開け放たれた襖から外の景色を見て、あんまりにも平和過ぎる光景に夢でも見てるのではないかと錯覚する。
「あなたは審神者に選ばれました」
今朝、いつも通り学校に行くために支度しているわたしの元へ、先ほどのボディーガードの一人がやってきてそう言った。何を言っているのか理解出来ず、縋るように両親を見やったものの、その両親も困ったように表情を曇らせているだけ。そうして、暫くの沈黙を続けるも、わたしには断る選択肢がないことを悟った。そのまま学校には行かずにこの屋敷や連れて来られたけれど、車内でわたしの役割は説明されたもののさっぱり頭に入ってきていない。あまりにもあまりな出来事のせいで、脳が正しく処理出来ていないらしい。
けれどもそんなわたしの事情などお構いなしに、事態はどんどん進んでいく。
正座したわたしの前には、鞘に納められた一振りの日本刀が差し出された。どうしていいのかわからずにボディーガードの人を伺い見るも、サングラスをしているためか表情はまったく読めなかった。でも、この日本刀を受け取らなければいけないことは明白で、わたしはそろそろと手を伸ばしては指先で触れる。硬い鞘の感触を感じた瞬間、ぐらりと世界が歪んだ。ぐんっ、と思い切り誰かに引っ張られるような感覚を覚えて、倒れると思った。しかしわたしの身体は畳の上に転がることなく、誰かに支えられたらしい。
「ちょっと、大丈夫?」
頭上から掛けられた声に、閉じていた目を開ける。
するとそこには、先ほどのボディーガードではない人物がいた。わたしを支えているのも彼で、どこか中性的な顔立ちのその人は、もう一度「大丈夫か?」と声を掛けてくる。
「だ、大丈夫、です」
「そっか。じゃあ改めて。俺、加州清光。川の下の子、河原の子ってね。扱いにくいが性能はピカイチ、いつでも使いこなせて可愛がってくれて、あと着飾ってくれる人大募集してるよ」
「……は?」
ぽかんと、思わず口を開いてしまう。そんなわたしの顔を見て、加州清光と名乗る彼はにっと笑った。
「よろしく、主」
そう言って、彼はわたしの手を握ってきた。わたしは彼の腕に抱かれながら握手をするなんとも言えない状況であるものの、目の前の出来事への理解が追いつかなくてただただ茫然とするしかできずにいた。
審神者――物の想いや心を目覚めさせては戦う力を与えるもの。
つと、車内で説明された言葉が脳裏を過る。
冗談だと思っていた。むしろ嘘だと思いたかった。わたしはただの普通の女子高生で、何の取り得もない平凡な日常を送っていたのにこんなアニメでも漫画でも使い古されたようなことになるなんて、思うはずもなかったのだから。
しかし、
「主?」
目の前で、ちょっとだけ困ったような顔をする彼。
先ほどまで刀だったはずの彼、加州清光をまじまじと見やる。まだ握ったままの手は同じ人間で、まるで目の前で起きているこれらが夢なんじゃないかと思ってしまう。
「審神者様」
ふいに、すっかり忘れていたボディーガードの声が割って入った。その声が現実であることをまざまざと物語っていて、わたしは覚悟を決めたように息を飲んだ。
特別になりたくなんてなかった。
ただただ平々凡々な日常を過ごしたかった。
しかし、わたしはこれから「彼ら」の特別にならなければいけなかった。
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カッとなってやらかしたよ!とうらぶ面白すぎんよ!
[2回]
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