フッ――と。
落ちていた意識が、目を覚ます。
その表現は正しくて、そうして気が付いた「オレ」は薄暗い室内を見渡す。そこが自室だということにはすぐに気が付いたものの、けれどいつもならあるはずのない、正確にはいるはずのない人物の姿に気が付いてぎくりと身を硬くした。ちらりと視線だけ向けたあと、相手の様子を伺ってみればすうすうと呑気に寝息を立てて眠っているらしかった。
「……」
ウキョウは数秒相手の寝顔を見つめ、けれど起きる様子のない彼女との距離を少しだけ詰めた。それでもやっぱり起きる気配のない彼女に、思わず顔を顰めてしまう。
どうして、もはや何度目になるか数える方がばからしくなるほど、同じ疑問がウキョウの中で浮かぶ。「俺」とは違って「オレ」が彼女に触れるときは、決まって命を奪うときだけだった。時には電車に
突き飛ばすように背中を押し、屋上から落とすために抱き上げ、そうしてこの手で彼女の首を絞めて息の根を止めたこともあった。
何度も何度も何度も彼女の命を奪ってきたというのに、それでもこの女は「俺」と「オレ」の両方の存在を認め、好きだと言う。
正直オレ以上に頭がぶっ飛んでるんじゃないかと思う。
「いま」は生きているとは言っても、他の世界では死んでいるのだ。そんな原因を作ったのは他でもない「オレ」自身だというのに、それでも彼女はくったくない笑顔で、耳障りの良い声で「ウキョウ」と呼ぶのだ。
その態度は「俺」でも「オレ」のときでも変わらない。同じ笑顔で、同じ声で呼ばれる名前に、いつしかどうしようもなく泣きそうになっていた。殺すことでしか触れたことのない彼女を、今度は殺さずに触れることができるのだろうか。そんなことが許されるのだろうかと、らしくもなく最近はそんなことばかり考える。
「……ばからし」
毒づいて、ウキョウは彼女から視線を逸らすと共に立ち上がる。寝室として使っているもう一つの部屋のドアを開ければ、そこに「とりあえず」突っ込まれたであろう洗濯物やごみの山を目の当たりにして「俺」への殺意が一気に湧き上がったが、ひとまずそれはぐっと堪えてなるべく清潔そうなタオルケットを取り出す。再び開かずの扉よろしく寝室を閉めれば、ウキョウはそのタオルケットを彼女に掛けてやる。まだまだ起きそうにないその顔を見つめ、ほんの指先を掠めるような動きで頬に触れてみる。すると「…ん」と微かに相手から声が漏れて、すぐさま手を引いた。
どっ、どっ、どっ、と速やる心臓に内心で舌打ちをして、前髪をかき上げる。
「ばかはオレか」
囁くように呟いて、ため息。
「俺」が起きる前に彼女が起きてくれたなら。
こいつの名前を呼んでみようかなんてらしくもないことを考えてしまった。
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急にウキョウさん熱がだだ上がってカッとなった結果がこれである。
[1回]
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