初天童小話。
意外と難しいな天童!でも好き!!
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最近ではすっかりお馴染みになっている、喫茶店勉強会。
今日も今日とてはばたき学園校門前で美奈子を待っていた天童と二人、教科書を広げてペンを走らせる。
大体は向かい合わせのボックス席に座るのだが、今日は空きがなかったのでカウンター形式の席に隣同士で座っていた。
美奈子はちらりと隣に座る彼の横顔を伺い見る。まばらな金色の髪の毛はまさに不良少年代表であるようだが、教科書に目を落とす視線はまったくの別人だ。真剣に勉強に取り組む姿は素直に応援したくなる。が、最近はそれ以外の感情がちらちらと美奈子の胸の中を過ぎっていく。しかしその感情の正体が何かまではわからず、ただもやもやぐるぐるした、うれしいような苦しいような、どっちつかずの感情に振り回された美奈子はこっそりと頭を抱えていた。
「どうした?」
「な、なんでも!」
ふいに天童が教科書からこちらに視線を向けてきたので、不意打ちで合ってしまった視線に美奈子の心臓が高く鳴った。次いで、どきどきどきと短く鼓動を続ける鼓動を自覚しながら、自分のノートへ逃げるように向き直る。しかし、横にいる天童からの視線はいまだこちらに向けられているのを感じて、どうしよう、と内心で焦る。誤魔化すべきか、無視し続けるべきか。そう美奈子が悩んでいると、急に頭の上に手が乗せられた。
え、となって思わず天童へ振り向くと、天童は今まで見たことのない優しい目で美奈子を見ていた。――から、再び彼女の心臓は先ほどより二割増しで強く鳴った。
と、
「おまえ、俺んちの近所の犬に似てる」
「へ…?」
「すげー人懐っこい柴犬がいてさ、おまえにそっくり」
言って、天童はわっしゃわっしゃと美奈子の頭を撫でる。前髪が目の前で乱れるのと一緒に、まるで同調するみたいに美奈子の胸中も乱れてゆく。
「……わたし、犬じゃないもん」
呟くほどの音量で言って、美奈子は天童の腕を捕まえて頭の上から退けさせる。ついでに視線も逸らすように俯けば、天童の少しだけ戸惑ったような気配が伝わった。言う。
「なあ、怒った?」
「怒ってません」
「怒ってるじゃん」
「…勉強、するんでしょ」
「そうだけどよ」
ピンク色のシャーペンを握り直し、美奈子は再び課題へと取りかかる。ちらちら伺うような視線を隣から感じるものの、美奈子は敢えて無視を決め込んだ。
暫く二人揃って、無言のままにそれぞれの課題をこなしていく。いつもならば言葉のない時間を苦だと感じたことはないが、今日は息苦しくて仕方がない。つい左の手首に巻かれた時計に目を向けてしまう。5分も経っていないことを確認して、こっそりとため息を吐いた。すると、そのタイミングを見計らったかのように、天童が再び声を掛けてきた。
「な、ケーキ食う?」
「…餌付けなんかされません」
「…やっぱ怒ってるじゃねえか」
天童の指摘に、美奈子は思わず口ごもる。その態度がすでに肯定であるけれど、悪あがきのように天童の方へ視線は向けない。無意味に教科書の数字を目で追ってみたりしていると、「なあ」と天童が美奈子の顔を覗き込んできた。隣に座っているのだから、距離を詰めるのは用意だ。がた、と椅子が引かれる音と一緒に、天童は身体ごと美奈子に近寄る。
「悪かったって」
「……」
「もう犬とか言わねーから」
「……」
「美奈子」
つと。
急に名前を呼ばれて、ぴくっと肩が揺れる。思わず天童を見てしまいそうになった視線を踏みとどめるように、美奈子はシャーペンを握り締める。と、間を置かずに再び「美奈子」と天童は彼女の名前を呼んだ。
そういえばと、美奈子は気が付いてしまった。
彼と出会ってから今日まで、こうして勉強会を行う間柄になっていていたものの、名前を呼ばれたことは一度もなかったことに。
「美奈子ってば、なあ」
先程より縋るような色を付けて、天童は三度目の美奈子の名前を呼ぶ。
顔が熱い。
身体の内側が、熱い。
まるで以前から呼んでいたような慣れた口調で呼ぶ声に、さっきまでの不機嫌な気持ちはあっさりと相殺されてしまった。しかしそれとともに、まるで自分一人だけが動揺しているみたいではないか。
「……ガトーショコラ」
「は?」
「ガトーショコラで、許してあげる」
「結局食うのかよ」
「提案してきたのは天童君でしょ」
「はいはい、お嬢さんの仰せのままにっと」
ふざけたような口調でもって、天童は近くを通るウエイトレスへと声を掛けた。
その隙に美奈子は席を立ち、トイレへと逃げ込んだ。
ほんの数分の時間稼ぎだが、今よりはクールダウンして天童の元に戻れるようにと、鏡に映った真っ赤な顔の自分自身へと切実に願っていた。
[2回]
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