「好き」という感情が友情ではなく愛情だと気づいた瞬間、とてつもなく恥ずかしくなってしまうのはなぜだろう。
原因としては、友達として過ごした期間での彼への対応によるものであるのは明白ではある。隙あらばチョップを仕掛けてはやり返されたり、バイト先の珊瑚礁ではドジなミスを何度も見られては注意されたり、学校では大あくびをしている現場をみられたり。その他にも失態がありすぎて、たったこれだけのことを思い出しただけで恥ずかしさで穴の中に潜りたくなる。こんな気持ちになるのならいっそ、好きだなんて気が付かなければよかった。このままずっと、友達としての「好き」を続けていければよかった。
そんな風にあかりが考え始めた矢先、少し遠い場所から「佐伯くーん」と彼を呼ぶ女生徒の声が聞こえた。思わずその声を追って窓の下を見やれば、いつもの如く女子に囲まれた佐伯瑛の姿があった。二階から一階までは距離があるので、あまり表情は伺えないけれど、それでも彼が困っているのは明白だった。自分には向けられない温和な笑顔と口調で応対する佐伯の様子を思い出して、ほんの少し胸の奥がチリッと痛む。
もし、入学式のあの日。登校前に散歩などせず真っ直ぐ学校に向かっていたら、自分にもあんな風に笑ったりしていたのだろうか。そうしたら、今みたいに佐伯に失態を見せることなく、彼を好きになっただろうか。
(……)
そこまで考えて、あかりはふっと息を吐き出す。考えても仕方がない「もしも」だけれど、素の佐伯を知らなかったらきっと好きになんてならなかった、と。なぜか確信のように、あかりは思った。
彼女たちに見せているはね学の王子様な佐伯ではなく、皮肉屋で、屈折していて、でも努力家な彼が好きなのだと、改めてあかりは思い知らされたところで唐突に、何の前触れもなく佐伯がこちらを見た――気がした。
「ッ」
驚いて咄嗟に教室へ身体を引っ込めてしまい、はやく鳴る鼓動を落ち着かせるように胸の上に手を置く。手のひらに心臓の鼓動を感じながら、あかりはそのままうつ伏せた。教室内の喧騒をどこか遠くに感じながら、ぎゅっと目を閉じる。
我ながらなんて厄介な人を好きになったのだろうと。
まさかその片思いの相手に同じことを思われているなど、あかりは想像すらしていないのであった。
[3回]
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