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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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荒ハム小話

荒ハムです。
ノマカプなので苦手な方は回れ右。
我が家のハム子は「中原律子」です。


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 求められているのは逃げないこと。立ち向かうこと。現実を、受け止めること。全部ぜんぶ、わかっている。わかってはいるけれど、それでも今の彼女に必要なのは後から後から溢れ続ける涙の止め方だった。
 すでに声は掠れて嗚咽を漏らすだけだが、涙の方は一向に止まる気配を見せない。ゆかりから渡されたタオルを目に押し当てたまま、もう何時間その状態でいるのか律子にはわからない。自室にどうやって帰ってきたのかもあやふやで、彼女の脳裏にはずっと荒垣の姿が浮かんでは消えていた。いつもの無愛想な顔と、声。でも時折見せる目を細めるようにしてゆっくりと笑う表情が本当に、好きだった。そんな顔の後は大体にしてしょうがねえな、なんて悪態を吐きながらも決まって自分の頭を撫でてくれた。大きなその手に、少しだけ乱暴に撫でられるのが心地好かった。

 好きなのだ。
 何よりも。
 誰よりも本当に好きだった。
 否、今も大好きで、だからこそ辛い。苦しい。心臓が、痛い。
 荒垣の笑顔、飽きれような声、それとは裏腹の優しい手の感触。決して多くはない荒垣との記憶がぐるぐるとリピートを繰り返し、けれど最後に再生されるのはストレガに撃たれた光景、だ。

 「律子」と。

 あんなに消え入りそうな声で、泣きそうな顔で呼ばれたのは初めてだった。
 そうして、今までずっと荒垣に言われ続けていた意味を知ってしまった。荒垣の部屋で長い時間を二人で過ごし、意識を手放す直前に呟かれた言葉を思い出し、律子はぎゅっと下唇を噛んだ。


 「俺を許さなくていい」だなんて。そんなの。

「そんなの…『忘れるな』って、いってるのと同じですよ、先輩…!」

 独りきりの部屋で掠れた声で言ってみても、当然返答などあるはずもなく。ただ、右腕に巻かれた腕時計は無情に、けれど確実に時を刻んでいた。



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満月なんて、こなければいいのに。

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