色づくイルミネーションを横目に歩きながら、瑛はふいに去年のクリスマスの事を思い出した。
高校生活最後の年は、学園主催のクリスマスパーティーには参加せず、祖父の経営する珊瑚礁で働いていた。それに対して何も不満はなかったし、むしろ嬉しかったくらいだ。大好きな祖父とその店で、皆が笑顔になってくれるコーヒーを淹れる。それだけで良かった。十分だった。幸せだった――はずなのに、その日。
皆が笑顔になれる25日のクリスマスに、珊瑚礁は閉店となった。
どうして、なんで、と祖父を問い詰めた。けれど祖父は「もう終わりなんだ」と言うだけで、珊瑚礁を閉める理由も何もかも説明してくれることはなかった。そうして吐き出すことのできない「どうして」を抱えたまま、学園のクリスマスパーティーを抜けて様子を見に来た彼女に甘えることで吐き出してしまった。
そのことまで思い出して、我ながら「イタイ」なと表情を険しくさせてしまう。そうして年が明けから実家に戻ると決めて、彼女を傷つけたことも立て続けに思い出してしまい、瑛の表情はますます険しくなってしまう。我ながらなんて考えが足りなかったんだと、当時の余裕のなさとかそういう諸々をも引っ張り出してきてしまい、テンションはどこまでも下降してしまう。きらきら煌めくイルミネーションが段々煩わしく思えたところで、「瑛くん!」と少し離れた距離から名前を呼ばれた。その声にはっとなれば、その声の主である彼女が小走りで駆け寄ってくるところだった。
「よかった、待ち合わせの時間より遅刻すると思ってたから」
「……ていうか、おまえマフラーとかは? 今日はクリスマス寒波で寒くなるって言ってたろ」
「あ、あー、うん。家を出たときはちゃんと巻いてきたんだけど、瑛くんとの待ち合わせに遅刻すると思ったらバイト先に忘れてきちゃって」
「…バカ」
「いた」
ペシ、と相手の額にチョップを食らわせてやったあと、瑛は自分のしていたマフラーを強引に彼女の首に巻いてやる。普段明るい色見の服装を好む彼女に、黒のマフラーは妙に目立って見えた。けれどそれがなぜかかわいいと思えるのは、彼シャツ的な心境と同じだろうかと心の中で思って、慌ててその考えを打ち消した。
「瑛くん、いいよ。寒いでしょ?」
「おまえの方が見てて寒そうなんだから、大人しく使ってろ」
「はーい、お父さん」
ふざけた調子で言って、彼女は瑛の腕に抱きつくようにくっついてきた。バカップルか、と思わず口をついて出そうになるも、周囲にも同じように寄り添うカップルがいつもより多いことに気が付いた。そうして今さら今日がクリスマスだということも自覚して、小言の出かかった口からは息だけを吐き出した。白い吐息が舞って、霧散する。
去年まではただのクラスメイトだった彼女とは、紆余曲折あって、今は恋人同士だ。
去年も二人でクリスマスを過ごしはしたが、今年は関係が違うだけで過ごし方も変わってくる。
そうして、ふいにさきほどの「バカップル」の単語を思い出した瑛は、彼女の名前を呼ぶ。
「あかり」
「ん…っ?」
ちゅ、と掠めるほどの軽さのキスを、相手の唇に落とす。そうして驚いている彼女の腕を引いて、足早にその場を立ち去るように歩きだした。
「て、瑛くん…!」
「ウルサイ。寒いんだからさっさと帰るぞ」
「え、えー! イルミネーションとかもうちょっと見ていこうよ!」
「……見たいのか」
「見たい!」
「…わかった」
即答で返ってきた力強い返事に肩を竦めて、瑛は改めてあかりと手を繋ぎ直した。
自分より小さいその手と指を絡めるようにして、行くぞ、と瑛は言う。
去年の分を取り返すように、今年のクリスマスは沢山彼女の笑顔が見れたらいいと、決して口には出さずに瑛は思ったのだった。
[3回]
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