「わたしと付き合ってください!」
何の前触れもなく唐突にぶつけられた告白に、ヒューゴは暫く固まることしか出来なかった。目の前の音子は顔を真っ赤にしてプルプル震えているので、その様子はまるで小動物を連想させた。確かに音子はかわいらしい。そう、それは異性に対する恋愛のそれではなく、庇護欲とかそういったものの類だ。つまり、彼女からの告白は受け取れないということになる。のだが、あまりにも必死な彼女を目の当たりにしているため、どうしたら傷つけずに断れるかを固まっている数秒の間で様々なパターンを考察した。しかし元々しゃべるのが苦手なため、想像の中でのオチは「すまない」と告げて彼女を泣かせてしまう。
どうする? どうしたらいい? とヒューゴは自問自答を繰り返している間に、音子はもう一歩ヒューゴに詰め寄った。戦慄く唇が意を決したように引き結ばれる。
「一日だけでいいんです! お願いします、付き合ってください!」
「…………一日?」
「はい!」
「一日だけ、とは」
「あ、はい。明日、父がわたしにお見合いを勧めるために上京してくるので、諦めてもらうためなんですけど」
「……そうか」
ふっとヒューゴは息を吐くと、一気に疲労に襲われた気がした。遠くを見るように視線を逸らすと、音子が慌てたように言葉を続ける。
「あ、あの、やっぱりだめですか?」
「いや、……というか改めて訊くが、俺でいいのか?」
「はい! ヒューゴさんがいいです!」
きらっきらの笑顔で断言されてしまえば、その勢いに押されて「わかった」とヒューゴは頷いてしまった。けれど頷いてから半日ほど経過して、自分が日本人ではないことに気がつく。奏組はもとより、この帝国劇場にいるとうっかり忘れがちになるが、まだまだこの日本という国で異国人というのは珍しい。来日したばかりは奇異の目で見られていたことを思い出し、ヒューゴは今さらのように困惑した。やはり断った方がいいだろうと自室から出ようとしたところで、タイミング良くルイスと鉢合わせた。話し合いとなれば直接自分でするよりも、ルイスが間に入った方がスムーズに進む。そう思ってヒューゴが口を開くよりも、ルイスの方がはやかった。
「ヒューゴ、ちょうど良かった」
「え?」
「こちらへ。音子さんがお待ちですよ」
「ミヤビが? いや、というか、そのミヤビのことなんだが」
「向こうに着いたら聞きましょう」
こちらの言い分にはまったく耳が貸されず、談話室まで強制連行されてしまう。そうしてその談話室では、ルイスとヒューゴを覗く奏組のメンバーが集まっていた。中心には先ほどから気に掛けていた音子がいて、けれど彼女の格好がいつもと違うことに気がつく。普段着ている服装よりも、色合いが明るい。髪にも飾りが施されており、慣れないのか照れたように俯いている。
「あ、あああのヒューゴさん、どうですか?」
「それは?」
「明日のために笙さんが選んでくれたんですけど、やっぱり変ですか? おかしいですか?」
「いや、似合ってる」
「本当ですか!?」
「ああ」
「社交辞令だよ社交辞令」
「わ、わかってるもん!」
横から茶々を入れる源三郎に噛みつく音子を尻目に、完全に断るタイミングを逃したとヒューゴが気がつくのは自室に戻ってからであった。
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三巻のお見合い話とヒューゴのデレっぷりにでカッとなったらこうなった。あれ。
私の中でどんどんヒューゴがかわいそうな子になっていく・・・王子ポジションのはずなのに!
[3回]