透きゅんかわいいよ透きゅん
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きゅぽ、とビンの蓋を外し、透はパスタに粉チーズを掛けるのと同じ要領でオムライスの上に大量のチリソースを振り掛けた。ほんの少しのアクセントとして使う分にはおいしく食べる手助けにはなる調味料だが、透の掛け方は正直尋常ではない。初めて目の当たりにしたときはびっくりして思わずガン見してしまい、彼に怒られたほどだ。
最近ではようやく慣れてきたので今さら驚くことなんてないのだが、何となく今日はチリソースを掛ける透の姿が目に留まった。一見してチリソースがケチャップと同じ色合いなので、普通のオムライスに見えてしまう。しかも透は平然と頬張っていくものだから、実は辛くないんじゃないかと錯覚してしまうのがまさに罠だ。最近透用にワンランク上の辛さに変えてから、どれほどの辛さなのかと試食してみて盛大に後悔したばかりなので、その辛さは記憶に新しい。なので余計、顔色も変えずに平然と食べ進めてしまう透に感心とも尊敬ともつかない眼差しを向けていれば、ぎろり、と鋭い視線を返されてしまった。
「……何?」
「あ、えーっと、辛くないのかなあと思って」
「まあまあくらいかな」
「まあまあ、なんだ」
「うん、まあまあ」
「そっかー」
それ以上なんと言っていいのかわからず、美菜子は皿洗いを再開させる。汚れた皿がきれいになるのとは裏腹に、彼女の心の中には何かが引っ掛かるように蟠っていた。透が辛いものを好むのは今さらで、料理に大量のチリソースを掛けるのも今さらだ。いつの間にか透専用のチリソースまで置くようになったものの、最近、ちりっと鈍い痛みのようなものを胸に感じるときがある。痛いような、痛くないような、そんな感覚が徐々に大きくなって、今日は痛い感覚を強く感じた気がした。だからいつもより透のチリソースを掛ける姿が気になって、気にして、気に掛けてしまう。
「言いたいことがあるなら言えば」
ふいに、カウンターの席から投げやりな声が飛んできた。
美菜子は皿洗いの手を止めて、少しだけ逡巡する。ちらっと透を見て、ええとと口の中で言葉を言い淀む。
「……その、チリソース掛けたら全部その味にならないかなーって、思って」
「ならないし。そもそも俺、うまい料理にしか掛けないから」
「え?」
「ゴチソウサマ。お会計」
「え、あの、あ、はい」
透の言葉を聞き返すよりはやく、彼は伝票を手にレジへと向かってしまう。美菜子は慌てて濡れた手を拭いて、カウンターからレジへと回り込んだ。するとすでにオムライスとコーラ代をぴったり足した金額を出している透に、ありがとうございます、と言おうとしたらデコピンが飛んできた。
「いたッ」
「ばーか」
「え、ちょっと、透さん?」
「じゃあな」
「れ、レシート!」
「いらねー」
ひらひらと手を振り、透はさっさと店を出ていってしまう。
その場に残された美菜子は「もう」と呟いたあと、透の座っていたカウンターの席へと振り返る。そこにはきれいに平らげられたお皿と空のグラスがあって、そういえば彼が食べ残したことなど一度もないことを思い出す。
「……もう」
先ほどと同じように呟いて、けれど今度は自然と笑みが浮かんだ。
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