つと、美奈子はもうすぐ自分の家に着いてしまうと、気が付いた。
琥一と思いが通じ合ったのがついさっきのような、随分前のような、不思議な感覚だ。実際には一時間弱しか経っていないのだから、ついさっきと表現して差し障りないだろう。
あと少し。その角を曲がってしまえば、美奈子の家が見えてくる。そのまま歩みを続けたら、何事もなく家に着いて。
そうしたら、琥一は帰ってしまう。
「どうした?」
思わず歩みが止まっていた美奈子に気が付いて、琥一も同じように足を止めて振り返った。美奈子はきゅっと唇を引き結ぶ。途端、先ほど琥一とキスを感触を思い出して、何だか妙に泣きそうになってしまった。
「帰り、たく…ない」
唇を尖らせてぼそぼそと呟いた。我ながらなんて子供っぽい言いぐさだろうか。せっかく両想いになったというのに、こんなことではあっという間に琥一に呆れられるんじゃないかと思うと、じわりと目の表面に涙の膜が浮かんだ。
「美奈子」
「ごめん、こんなこと言ったら困っちゃうよね」
「バカ」
窘めるにしては優しすぎる声音で、琥一は言う。くしゃり、と美奈子の髪が彼の大きな掌でかき混ぜられる。
「俺だってな」
言いかけて、けれど複雑そうな表情を浮かべた彼はその先を濁した。視線を明後日の方向に向けて、唸る。そんな琥一の様子に、美奈子は一歩相手に近寄った。ブレザーの端を掴み、少し引っ張る。
「『俺だってな』…なに?」
「言わすな」
「言わねえとわかんねえぞ?」
「似てねぇんだよ」
琥一の口真似をしてみせれば、彼は軽く肩を竦めて微かに笑ってみせた。その表情の変化に、どき、と心臓が跳ねる。きゅうと心臓が縮んで、どきどきどきと鼓動が内側で忙しくノックする。息苦しさをどうにかしたくて「琥一くん」と彼の名前を呼んだところで、急に抱き寄せられてしまった。
「…んな顔するな。帰せねえだろうが」
「帰りたくないから、いいよ」
「バカ、煽んじゃねえ」
囁いて、美奈子を抱きしめる手に力を込めた。
[3回]
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