卒業式の帰り道。赤信号になった横断歩道の前で、葉月は歩みを止めた。隣には美奈子がいて、少しだけ俯くように立っている。その彼女の横顔が妙に強張っていることに気付いた葉月は、美奈子と口を開きかけたところで相手が顔を向けてきた。
「珪くん!」
「ん?」
「あの」
「ああ」
「……えっと」
「……どうした?」
口ごもる彼女に首を傾げている間に、信号は青になったらしい。止まっていた人たちが動きだしのを察して、葉月は美奈子の手を取って信号を渡り始める。そのときに「あ」と彼女が声を上げたので、葉月は再び美奈子を見やる。と、顔を赤く染めた美奈子と目が合った。ら、さっと目が逸らされた。
その仕草が妙に葉月の目を引いて、やばい、と思った。あと十数分歩いたら彼女の家に着いてしまう。そうすれば繋いでいるこの手を離さなければいけない。先ほど、美奈子とははばたき学園の教会でお互いの気持ちを確認し合ったばかりなのだというのに。否、だからこそ、なのかもしれない。好きだと言った自分と同じ気持ちが返されたのが、まだどこか現実味がないのだ。こうして手を繋いで初めて、触れて、ようやく実感が持てる気がする。
そこまで考えて、葉月は先ほど美奈子が言いかけたことに気が付いた。ひょっとしなくても、彼女も自分と同じ気持ちでいてくれているのだろうか。そう思うと、胸の奥がきゅうと切なく締め付けられる。けれどそれは決して苦しいだけではない。そのあとに、暖かい気持ちが広がるのだから。
「美奈子」
「な、なに?」
葉月が名前を呼べば、上ずった声で反応する彼女の様子が愛おしい。葉月は繋いだ手を持ち上げて、美奈子の手の甲に唇を押し当てた。
「珪、くん!?」
「まだおまえのこと、帰したくない」
「えっ」
「時間、いい?」
言いながら、自分の中にこんな独占欲があったのかと苦笑する。
戸惑いながらも「うん」と首を縦に振ってくれた美奈子を見て、その独占欲がますます加速するのがわかる。
「好きだ」
手の甲に唇をくっつけた状態で囁けば、美奈子の顔はあっという間に真っ赤に染まってしまった。勘弁してくださいと呻くように言う彼女に、無理だなとは口に出さず、心の中だけで返した。
[1回]
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