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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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パーチェ小話

天然小悪魔な彼が好きです。

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 思わず大きなあくびをしてしまい、フェリチータは慌てて口元を押さえた。いけないいけないと内心で自分自身を窘めて、口元をきゅっと引き締めた。最近パーチェと行動を共にすることが多いせいか、どうにも気が緩みがちだ。アルカナファミリアの一員であっても女性らしく。そんなルカのお小言を思い出している間に、自室の前に到着した。
 と、
「お嬢ー!」
 ちょうど今しがた考えて人物が、いつもの調子で自分を呼んだ。フェリチータは声の方へと振り返れば、思わずぎょっとした顔をしてしまう。というのも、駆け寄ってきた相手が一見してパーチェに見えなかったからだ。
「…パーチェ?」
「うん、そうだよ?」
 思わず確認するように名前を呼べば、仕草と声はいつもの彼だった。フェチアータはもう一度、頭のてっぺんからつま先まで一通り相手を見て、言う。
「どうしたの? そんなきっちりした格好なんかして」
「そうそうそう! この姿をお嬢に見て欲しかったんだー!」
 言って、パーチェはくるりと回って見せた。着ているスーツこそいつもと同じ黒ではあるが、生地は一段落上のものだろう。着崩すことなくきちんとジャケットを羽織り、中に着ているシャツも第一ボタンまで留めてある。極めつけばネクタイの存在だ。そういえば彼がネクタイをしている姿を見るのは、これが初めてではないだろうか。
 髪型もいつもの無造作な感じではなく、どこかデビトを彷彿とさせるように纏められていた。
「こんな時間からお出かけ?」
「ううん、この格好は明日するんだ。でもその前に、おかしくないかお嬢にチェックしてもらおうと思って」
「わたしでいいの?」
「もっちろん!」
 そういって、パーチェは満面の笑顔を浮かべた。
 フェリチータは見慣れない彼の正装姿に戸惑いながらも、つと、一際見慣れないネクタイに目が留まった。先ほどはネクタイの存在にばかり気を取られたが、落ち着いてくると随分不格好に纏められているのに気がついた。フェリチータはパーチェへと手を伸ばし、けれど彼との身長差にちょっとだけ眉を寄せた。
「パーチェ、屈んで」
「え?」
「ネクタイが歪んでるから」
「あ、そっか」
 こちらの指示通りにパーチェが屈み、ネクタイの位置が近くなる。フェリチータは一度ネクタイを解くと、細い指先を使って丁寧に整えていく。相手の首が苦しくならないようにネクタイを引っ張り、その出来栄えに満足気な笑みを浮かべる。
「はい、出来た」
 言って、視線を上げた先には思ったよりも近い位置にパーチェの顔があった。フェリチータは数回瞬きをしたあと、距離を取ろうして失敗に終わる。なぜならパーチェの方が先に距離を詰め、フェリチータを抱きしめてしまったからだ。
「お嬢、グラッツェ!!」
「わかった、わかったから離して!」
 まるでぬいぐるみを抱きしめるような抱擁はいつものことなのに、何故か今日は恥ずかしくて仕方がない。こうなったパーチェは飽きるまでこの抱擁に付き合わされるか、または、
「何してるんですかパーチェ!」
 フェリチータがもう一つの可能性を考えたところで、まさにそれが実現した。遠くから飛んできた声に、「げ」と耳元で彼が呻いた。そうしてすぐさま彼女を解放すると、へらりと笑みを浮かべてフェリチータの頭を撫でた。
「ごめんお嬢! おやすみ!」
「う、うん、おやすみ」
「パーチェ、待ちなさい!」
「ムリー!!」
 あっという間に小さくなっていくパーチェの背中を見送って、フェリチータは困ったように肩を竦めたのであった。

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