べったべたやで!
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4月1日といえばエイプリルフールだ。
わかってはいたけれど特に何を企むでもなかったあかりは、むしろ妙にノリノリな友人から悪企みを託されてしまった。
半ば強引にあかりのバッグの中には、わざわざ友人が買ってきた妊婦向けの雑誌が入っている。しかも妊娠したばかりの「生まれてくる赤ちゃんに必要なものベスト10!」なんともわかりやすい特集が組まれていた。
あかりは恋人でもある佐伯瑛の住むアパートの一室で、彼がキッチンでコーヒーを淹れている間にそろそろとその雑誌を取り出してみせた。ベッドに寄りかかり、曲げた足の上にその雑誌を乗せる。表紙が見えないので、パッと見ではいつものファッション雑誌を見てるようだ。けれど内容は、どのページを捲っても子供や妊婦についての情報が盛りだくさんで掲載されている。妊婦雑誌なのだから当然といえば当然なのだが、こうして改めて見てみるとなんとも複雑な気持ちになってくる。
「お待たせ」
「あ、ありがとう」
そうこうしている内に、瑛が二人分のコーヒーを持って現れた。小さなテーブルの上にマグカップが二つ置かれて、あかりは手を伸ばす。カフェオレがいいと言ったあかりのリクエスト通り、彼女の分だけたっぷりのミルクが入っている。一口飲んで、優しい味わいにほっと息を吐いた。が、落とした視線の先にある雑誌にまた、罪悪感が募る。
『こういうときこそ、男の反応を見るチャンスやで!』
なんて言われたものの、正直こんな騙すようなやり口に悩みつつ、それでも気になってしまうのも確かだった。
彼と恋人同士になって、身体の関係も持つようになってまだまだ遠いけれど、それでもちょっとだけ期待してしまう少し遠い未来。
もし、その未来が急に現実なものとなったら、彼はどんな反応をするのだろうかと考えて、期待と同じか、ひょっとしたら少し怖い気持ちの方が上かもしれない。
あかりは二口目のカフェオレを飲み込んで、ちらっと隣の瑛を見た。ら、なぜかばっちりと目が合ってしまった。
「……て、るくん?」
「………いや」
お互いたっぷりの間を置いてから、瑛はついっと目を逸らした。けれどまたすぐにこちらを見たあと、あかりの広げる雑誌へと視線を落とす。
なんとも妙な沈黙が部屋に落ちて、えっとと口の中で呟くものの、雑誌を閉じることもできずに視線を泳がせる。
「……もしも、の話だけど」
「う、うん」
「何か、俺に隠してることとかないよな?」
「……あの」
「……」
「……」
「……」
「……」
重い沈黙に息が詰まる。
もうすでに、瑛の言いたいことはわかっていた。
あかりの手の中にある雑誌の内容がわかった上で、瑛は訊いている。
自分から仕掛けたものの、やっぱりこんなことするんじゃなかったとあかりは今さら後悔した。
「……ごめんなさい」
「いや、悪いのは俺もだし」
「ううん、瑛くんは悪くないよ」
「そんなことないだろ。こういうのって、その……二人の問題だろ」
「違うよ。そもそもわたしが優柔不断だったから」
「……え?」
「え?」
「ちょっとまて。俺の子じゃないって話なのか?」
「…………あ、ちが、そうじゃなくて!」
「そうじゃなくて?」
「……そうじゃなく、て」
割と瑛の中の思考が一足飛びに飛んでいることを察して、あかりは尚更言い出しづらくなってしまった。雑誌は開いたまま、笑顔をこちらを向いてくる赤ちゃんの写真がまた、ずくずくと心臓の痛みを刺激してくる。
「お、怒らない?」
「よし、怒られる話なんだな」
「ごめんなさい。ちょっと友達に乗せられて瑛くんを試しました痛い!」
あかりが言い終わるのと同時くらいのタイミングで、必殺のチョップをお見舞いされてしまった。しかし今日はどう考えても自分に分が悪いので、あかりはそれ以上何も言えずに黙るしかない。
「……エイプリルフールか」
ぼそり、と壁に掛けられたカレンダーを見つつ、瑛が呟いた。ああもう本当に四月ばかだと、あかりは内心で毒づく。因果応報。悪いことをすればそれなりのことが返ってくるのだと、あかりは一人反省会を始めたところでまた、瑛が言葉を続けた。
「……ちょっと喜んで、損した」
「え?」
ぱっと顔を上げると、瑛は立ちあがって台所へと向かってしまう。しかしその動きはどう見ても不自然なのと、さきほどの瑛の呟きはしっかりと聞こえてしまっていた。
[3回]
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