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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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東金小話

 電話には出る。
 メールも返す。
 問題なのは、それらほぼすべての発信が「自分から」という点だ。
 東金は携帯電話のメール履歴をざっと見返したあと、ベッドの上に放り投げた。
 あの夏の大会が終わってから二ヶ月が経ち、季節は残暑も過ぎてすっかり秋に移り変わっている。あと少しすれば冬の足音も聞こえてくるだろう。
 東金は自室のベッドに寝転がって高い天井を見上げたあと、再び放り投げた携帯電話へと視線を向ける。夏の大会以降恋人となった小日向かなでとは、あれから直接会ったのは三回だけ。そのあとは当然メールと電話での近況報告になるのだが、かなでから連絡をしてきたことはその中でほんの数回程度だ。そうしてよくよく考えれば、今まで付き合った異性の中で、ここまで頻繁に東金から連絡を取っていた相手がいないことに気がつかされた。それほどかなでにのめり込んでいる自分に呆れるものの、そんなことでどうにかなるような相手ならばきっと、好きになんてならなかった。しかし、我ながら厄介な相手を選んでしまったものだと苦笑を零す。
 ひとまず気分転換にシャワーでも浴びるかと身体を起こしたタイミングで、携帯電話のバイブレーションが震えて着信を告げる。東金はしぶしぶ携帯電話へと手のを伸ばすも、ディスプレイに表示されている名前を見て、すぐに通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『あ、東金…さん?』
「俺に掛けてるんだから、俺が出るに決まってるだろ」
『そ、そうですよね…ごめんなさい』
 謝る声が尻すぼみになっていくので、受話器の向こう側で彼女がしゅんとなっているのが想像できた。東金は思わず自分の顔がにやけそうになるのを自覚して、誰に見られるわけでもないのに慌てて顔を引き締める。
 すると、携帯電話の向こう側からはかなで以外の声が聞こえてきた。
『おい、もういいだろ』
『え、えっ?』
『俺は部屋に戻るからな』
『ちょっと、響也!』
 かなでは携帯電話を離してしゃべっているのか、聞こえてくる声は少し遠い。それでも会話の内容と、声の主が誰なのかはっきりとわかった。
 如月響也。
 かなでの幼馴染である男の名前と顔を思い出すと、東金の表情には、先ほどまでの笑みが消えていた。
 おそらく、時間帯からすれば二人は寮にいるのだろう。東金は夏の間だけ世話になった寮だったが、かなでと響也は違う。元々二人はあそこの寮生で、夏の大会が終わっても当然住み続けている。だから一緒にいることになんの不思議もないのだが、面白くないと思うのは嫉妬心から来ているのは明白だった。
(………嫉妬?)
『東金さん?』
 控えめなかなでの声で、はっと我に返る。
「…いや。それより、どうした?」
 そう東金が促すと、かなではいつものように他愛無い会話を始めた。しかしその話の中心はどうしても彼女が所属するオケ部の話になってしまう。今までは気にならなかったが、今日は無性に引っかかってしょうがなかった。
 先ほど脳裏を過った単語が、ぐるぐると渦巻く。
 まさかと否定して、けれど結局考えはそこに行きついてしまうのだから、もはや認めるしかない。
 しかしそれだけで済まさないのが東金千秋という男であった。
 千秋は明日からのスケジュールを頭のなかで確認し、さりげなくかなでの予定を聞きだす。どうやら今週末はなにもないらしいことがわかると、東金は再び口角を上げて笑った。



「よう」
「…………え?」
 星奏学園の校門の前で待ち、下校する彼女の姿を見つけて声を掛けた数秒の間を置いて、かなでは東金の想像通りのリアクションを返してくれた。そうしてきょとんとした顔からもう数秒の間を置いてから、
「と、東金さん!?」
 とこちらの名前を呼ぶまでは予想済みだ。基本的に、かなでの行動パターンは読みやすい。唯一わからないのは音楽性についてだが、そこはわからないからこその楽しみがあるので問題はない。
「なんで……あれ? わ、わたし、約束してましたっけ?」
「してないぜ。俺が会いたくなったからきただけだ」
「そ、う、ですか…」
「嫌だったか?」
「そんなこと!」
 勢いよく顔を上げて否定するかなでに、東金はついに堪え切れずに噴出してしまう。本当にどうしてこう、自分の想像通りのリアクションを返してくれるのか。
 そんな風に笑う東金を見たかなでは、今度は徐々に機嫌を下降させていく。唇を突きだすようにして、大きな目を吊り上げてみせた。元々顔の作りがかわいらしいのもあって、そんなことをしても迫力はないのだが、彼女なりの精一杯の不機嫌な表情なのだろう。つんと横に顔を向けて、かなでは言う。
「もう、そんなに笑うことないじゃないですか!」
「悪い悪い」
「絶対思ってないですよね!」
 最終的にこちらに背を向けてしまうかなでに、東金はどうにか笑う衝動を堪えた。かなでの肩に触れて抱き寄せてみれば、拒否はされなかった。ただ、顔だけは東金を見ないようにと俯いている。
「好きなやつほどいじめたいって、いうだろ?」
「……何言ってるんですか、もう」
 拗ねた口調で言うも、そこでようやくかなでは東金を見た。拗ねているのと、困っているのが半々に混ざった表情をした彼女の額へと素早く唇を押し当ててやれば、その顔は一気に赤く染まった。
「本当、いい反応するな」
「もう、そうやってすぐからかうんですから!」
「からかってねえよ。いつも本気だぜ? 俺は」
「余計だめです!」
「わかったって。そもそも、今日はおまえに『お願い』があってきたんだ」
「お願い…?」
 東金の言葉に、かなでは勢いを削がれたように小首を傾げた。
 ああ、と東金は頷くと、かなでの目を見つめて至極真面目な口調でもって、言う。
「かなで、俺の名前はなんだ」
「東金さん?」
「違う、下の名前だ」
「千秋、さん」
「そうだ」
「あの…?」
「今から名前で呼ばないと、そのたびにおまえからキスしてもらうからな」
「えっ!?」
「あと、もう少しおまえから連絡してこい」
 ついでにようにつけ足して言えば、かなではどうしていいのか目を白黒とさせている。それでもどうにか立ち直るものの、言葉は言い淀むようにもごもごと口を動かすだけだ。
「なんだ?」と東金が促すと、かなでは今日一番困った表情になった。
「……だ、だって、その」
「怒らねえから、言ってみろ」
 その東金の言葉が後押しになったのか、それでも暫くの逡巡を繰り返してから、かなでは忙しなく彷徨わせていた視線を地面へと向けた。そうしてかくんと肩を落とせば、観念したように呟く。
「………まだ、その……東金さんと話すのに、緊張しちゃうんです」
 その一言を聞いて、東金は数秒沈黙した。
 けれど次の行動は迅速だった。かなでの手を掴み、すぐさま通り過ぎるタクシーを捕まえる。知ったホテルの名前を運転手に告げれば、車はすぐさま発進した。
 そうして東金はこれ以上なく機嫌良く笑い、かなでに告げる。
「今日は俺様に慣れてもらうまで寮には帰さねえから、覚悟しろ」
「え、えええっ!?」
 そんなかなでの悲鳴などお構いなしに、タクシーは二人を目的地まで運ぶのであった。


「そう言えば、さっき『東金さん』って言ったな?」
「う」
「今日は何回おまえからしてもらえるかな」
「東金さんの意地悪!」
「二回目」
「…っ!?」

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