ルカ離れしようとしてるお嬢……のはずが、デビトが出張りすぎワロス
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パーチェとデビトがいつものバールで夕飯を摂っていたところへ、ふらりと幼馴染が一人で姿を現した。フェリチータの従者でもあり、実の両親よりも彼女に対して過保護な愛を注ぐ彼が一人というのは珍しい。そのことをデビトが突いてやるよりも、ルカが言う方が早かった。彼はデビトとパーチェが座る席に崩れ落ちるように座り込むと、頭を抱えて呻くように呟いた。
「…………最近、お嬢様の様子がおかしいんです」
まるでこの世の終わりのような、そうして今にも飛び降り自殺をする寸前のような色々な感情が含まれたその一言に、デビトはおろかパーチェですら食事の手を止めた。さすがにこれはやばいと本能的に感じとって、デビトとパーチェは視線を合わせる。できることなら関わりたくないのだが、おそらくこの時点で逃げることは不可能だ。そんなことがわかってしまう程度には悲しいかな、付き合いが長い。そうして、彼の重度なフェリチータコンプレックスこそ今さら過ぎる問題だ。
「何がだよ」
色々なものを諦めて、デビトがやや投げやりに訊いてやる。赤いワインが注がれたグラスを手にし、そのまま口元に運べば、がばり! と勢いよくルカが顔を上げた。
「聞いてください! お嬢様の様子が最近おかしいんです!」
「それはさっき聞いた。そうじゃなくて、具体的な内容言えつってんだ」
「そうそう、オレは別にお嬢はいつも通りだったと思うけど? 今日だって一緒に街の巡回いったし」
「そういや、昨日オレんとこに来た時も、別に変ったところはなかったな」
「それです!」
「あ?」
びしり、とルカはデビトパーチェに向かって指を突き付ける。デビトは半眼、パーチェはきょとんとした表情になって、彼を見返した。そうして、同時に「どれ?」と尋ね返す。
「私は! もう一週間もお嬢様とまともに会話どころか目も合わせていないんです!」
「へえ」
ルカの言葉に、デビトは素直に興味を示した。さっきまでの投げやりの態度から一転、椅子に座り直してルカに問う。
「なんだ、ついにバンビーナを押し倒したか」
「そんなことするわけないでしょう!」
「ッチ。なんだよ、つまんねえな」
「デビト、あんまりルカをからかっちゃだめだ」
「だってよ、他にバンビーナがルカちゃんを避ける理由なんて思いつかないだろーが」
「それはまあ……あ! お嬢のおやつをこっそりルカが食べちゃったとか?」
「そりゃおめーだけだ」
げし、とパーチェの足を蹴り上げてやれば、痛い!
と非難の声が上がった。デビトは再び気だるげに椅子に座り直すと、バールのドアに付けられた鐘がカランと鳴り、来客を知らせた。何とはなしにそちらへと目を向けると、そこにはまさに話題の主であるフェリチータの姿が合った。けれどドアには背を向けた態勢であるルカは、彼女の存在には気が付いていない。対して、フェリチータの方はいつもの席に座っている彼らの姿を見つけた途端、すぐさま方向転換をした。入ったばかりの店から背を向けて、逃げだしたのだ。
「お嬢!」
「えっ、お嬢様!?」
去っていく彼女の姿を見咎めて、パーチェが叫ぶ。その声にルカが反応して振り返るも、すでに彼女の姿はない。デビトは無理やりルカの頭を押さえつけると、パーチェに言う。
「パーチェ、ちょっとこのバカ捕まえとけ!」
「え? わ、わかった!」
「は、離してください!」
頭で状況は把握していないが、本能的に何かを察したらしいパーチェが、言われた通りにルカを捕まえる。ルカはじたばともがくけれど、力勝負でパーチェに勝てるものはまずいない。そのことを確認しているデビトとは振り返らず、フェリチータの後を追う。店を出て、右か左か。所謂これもギャンブルの一つかと、少しだけテンションが高くなる。そうして右と決めたデビトは細い路地へと入っていった。薄暗い路地を掛け抜けて、つと、とある店の手前で足を止めた。フェデリカドレス。その店はすでに明りが消えていて、ドアの前には「CHIUSO」の文字が下がっていた。そうしてその店の前で、フェリチータの姿を見つけた。彼女の相棒であるフクロータが、唐突にぐるり首を回してこちらを見た。ばさり、とフクロータが羽を広げれば、フェリチータは振り返る。
「よう、バンビーナ」
「…デビト」
「ルカが心配してんぜ。お嬢様の様子がおかしい! てなァ」
なるべく重くならないように、デビトは言う。そうして少しずつ彼女との距離を詰めて、けれど相手に圧迫感を与えない距離で止まる。彼女は一先ず逃げようとはせずに、顔を俯かせて口を開いた。
「わたしだっていつまでも子供じゃないんだし、それに、剣の幹部なんだから一人になることだってあるよ」
「それはそうだけどよ、ルカのあれは病気みたいなもんだってお嬢もわかてるだろ」
「でもそれじゃあ、わたしはいつまで経っても大人になれない」
言うフェリチータの声は、ルカほどではないがそれなりに思いつめているのがわかる。その様子に興味を引かれ、デビトはさらに彼女へと問う。幸いなことに、今のフェリチータは他のことに気が回らないようだ。
「ルカがいたって、大人にはなれるだろうよ」
「ダメ。だって、ルカが隣にいるのが当たり前のままじゃあ、いなくなったときのことを考えたら、わたし」
「私はお嬢様の前からいなくなったりしませんよ!」
と。
唐突に割って入られた声に、このバカとデビトは口の中でぼやいた。
しかしそんなデビトの思惑などお構いなしに、ルカは一目散にフェリチータの元へと駆け寄ると、彼女の手を取った。
「約束します。私は絶対、何があってもお嬢様の前からいなくなったりしません」
「そ、そんなこと言ったら、わたしは何もできないままになっちゃう!」
「じゃあ、一緒に覚えていきましょう。私が教えますから。だから、私をお傍に置いて下さい」
「……ルカ」
「……なあ、デビト」
「んだよ」
「これってさ、告白?」
「さあな?」
少し離れたところで二人のやり取りを見学しながら、そんなことを二人はぼやく。正直、あと少しルカが我慢したならば、フェリチータから明確な気持ちが言葉になったのだろう。だが、対フェリチータにのみ我慢弱いルカにしては、これでも十分すぎる結末なのだろう。
「…メンドクーな、あいつらは」
「本当にな」
珍しいパーチェの悪態に驚いて見返せば、言葉とは裏腹に目はひどく嬉しそうだ。
デビトはため息を吐いて空を見上げた。とっぷりと夜は暮れ、星がきらめく夜空がまぶしい。
「あーあ、飲み直すかァ」
「四人で?」
「好きにしろよ」
「好きにする。おーい、ルカ! おっ嬢ー!!」
ぶんぶんと呑気に手を振るパーチェの声に、ルカとフェリチータはようやく我に返ったらしい。
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