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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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瑛小話

とりあえず瑛は告白した直後にデイジーに殴られるべき!というテンションのままに書き殴ってしまいました反省はしていない!
瑛はシリーズ中一番主人公と喧嘩する王子だと思っています。デイジーとちょっとしたことでぎゃんぎゃん言い合ってそっと仲直りしていちゃつけばいいじゃないちくしょうバカップル&ケンカップル万歳!ごちそうさまでした一生やっててください!
琉夏バンとは違ったいちゃつきっぷりな二人が大好きです。


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 灯台から見える海と空は、オレンジ色に染まっていた。そうして目の前には「彼」がいて、それはまるであの日とまったく同じシチュエーションだった。けれど決定的に違うのは、彼から告げられる言葉の内容だ。あのときは彼が――佐伯瑛があかりに言ったのは別れの言葉だった。さよならと言って瑛は去り、あかり一人取りが残された。そうして彼が一足先に羽ヶ崎学園を去ってから今日まで、「さよなら」と告げられた通りに瑛の消息はまったく掴めなくなっていた――はずなのに。どうしてか、今、目の前には瑛本人が現れていた。夢でも幻でもなく本物がそこにいて、変わらないいつものちょっと皮肉な言葉使いで今までのことと、あの日のことをすべてひっくるめて話をした締めくくりには「好きだ」と、彼は告げてきた。
 そういう彼の目は、まっすぐにあかりを見つめていて。
 あかりは、その真剣な眼差しを向けられて知らずに止めていた呼吸に気が付いて、短く息を吐き出す。目の奥が熱くなり、視界がぼやけそうになるのをぐっと堪える。まだ泣くな、と念じるように自身へと言い聞かせる。しゃくりあげそうになる喉を、唇を引き締めることでどうにか誤魔化した。そうして、一歩。瑛へと一歩を踏み出す。二歩目は一歩目よりも軽く踏み出し、そうして三歩目には膝に勢いを乗せ、右手を振り上げる。瑛の真剣な眼差しが、みるみる驚きの表情に変わっていくのがまるでスローモーションのように見えた。けれど、あかりは振り上げた右手の勢いを止めることなく、彼の左頬へと平手をかました。
 ぱあん! と、予想よりも随分良い音が鳴り響いた。お陰で右手のひらがじんじんと鈍く痛んだ。あかりは詰めていた息をすべて吐き出すと、叩かれた頬を抑えて呆然としている瑛と目が合った。と、ほぼ同じタイミングで口を開いたが、あかりの方が数秒早く、また、勢いもあった。
「ばか!」
 まさに一喝。そして端的な言葉に、瑛が怯んだ。あかりはその隙を逃さず、さらにたたみ掛ける。
「瑛くんのばか! 何よ、勝手にいなくなって勝手に帰ってきたかと思えば好きだとか言い出して! 勝手にもほどがあるでしょ!?」
「そ、れはそうだけど! だからっておまえいきなり殴ることないだろう!?」
「殴りたくもなるもん! 瑛くんがいなくなってからずっと、わたしがどんな気持ちだったかわかる!?」
 あかりの言葉は的確に瑛の図星を指したらしい。痛いところを突かれたように顔を歪めて押し黙る相手に、あかりはなおも言葉を続ける。
「学校にいっても瑛くんはいないし電話は繋がらないし珊瑚礁もなくなっちゃうし! 卒業式までずっと一人で…わたし、…わた、し」
 ひっくと、ちいさくしゃくりあげた。するとそれがきっかけのように塞き止めていた涙が一気に溢れ出す。かわいらしく泣くなんてことはできずに、子供のだだっ子のようにみっともなく溢れる涙と一緒に、あかりは声を上げて泣き出した。さきほど行われた卒業式で流した涙など比べものにならないほどの涙の量に、自分自身でも驚いた。けれど止める余裕などあるはずもなく、あかりはただひたすらに泣き続ける。両手で顔を覆い、泣き声の合間合間に「瑛くんのばか」を繰り返す。
「…ゴメン」
「…うっく、ばか、ひっ、瑛くん、ば、かぁ」
「悪かったって」
 完全に白旗を上げた様子の瑛の声が聞こえたかと思うと、彼の手が背中に回って抱き寄せられた。驚いて思わず顔を上げると、心の底から困った顔をした瑛の顔が間近にあった。彼は泣くあかりの顔から一瞬だけ目を逸らすも、すぐにこちらへ向き直るように視線を戻した。その目はまだ困った色をたたえているものの、その奥にはまっすぐな感情が伺えた。
 そうして、瑛の指先があかりの目元を擦って涙を拭う。それを数回繰り返されると、不思議と涙の勢いは徐々に治まっていった。まだ目の表面は涙で揺れているけれど、零れるほどではなくなれば瑛が安心したように苦笑する。そうして、瑛は両手で頬を包むと自分の額をあかりの額にくっつけてきた。お互いの息が掛かるほどの距離に、あかりは次第に顔が熱くなっていくのがわかる。今すぐにでも逃げだしたいのに、顔を掴まれていては逃げることはおろか距離も開けられない。しかも至近距離で見つめ合う形になり、さっきまでの勢いが嘘のように狼狽え始めた。目を逸らすことも閉じることもできずにいると、どうやらその心情はそのまま顔に出てしまったらしい。ちいさく吹き出す瑛にあかりが呻くと、すぐに「ごめん」と返された。
「オマエのこと、泣かせてばっかだ、俺。…でも」
「……なに」
「こうやってずっと、オマエと喧嘩できる距離にいたいんだ」
 そこまで瑛の言葉を聞いて、ずるいと、あかりは思った。そんな目で、そんな声で、そういうことをいうのはずるい。さよならと告げられたあの日に、次に再会することがあったらもっと沢山困らせてやろうと思っていたのに、そんな風に言われたらもう何もできないじゃないか。
 けれどあかりは最後の悪あがきとばかりに瑛を見据えて、頬を包む手に自分の手を重ねる。震えそうになる声を叱咤して、口を開いた。言う。
「…喧嘩したら、それだけ?」
「仲直りもしたい」
「どうやって?」
 そうあかりが尋ねれば瑛の目がゆっくりと細められて、微笑う。そんな彼の表情に、あかりは好きだなあと改めて自分の気持ちを再確認した。そうして瑛の顔が近づいてくる気配に合わせて、ゆっくりと瞼を降ろしてゆく。
 柔らかく、あったかいものが自分の唇に押し当てられた。まるでお互いの存在を確かめるような口づけを繰り返したあと、ほんの少し唇を離したのと同じタイミングで、
「好きだ」
「好き」
 二人は同じ言葉を囁いたのだった。

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親友新名小話

アンケリクで、ちょっと黒い親友新名。
そして今、アンケ内容がED後だったと思い出しまし、た…ふおおおすいませ…!

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「何してんの、センパイ?」
 ひょいと顔を覗かせた屋上の、給水タンクの影に彼女はいた。外から見たら完全に死角になっているそこは、絶好のサボリポイントだ。そこに膝を抱えて座り込んでいた彼女は驚いたような表情で、顔を上げた。ほんのちょっとだけ目尻が涙で滲んでいる。
「ニーナこそ、こんなところで何してるの?」
「アンタのおサボリにご一緒しようかと」
「…だめだよ、ちゃんと授業に出ないと」
「もうチャイム鳴っちゃったし、遅いだろ。それに、最初からサボろうとしてた人が言っても説得力ねえぜ」
 言って、よいしょと新名は彼女の隣に腰を下ろす。二人が座るにはさすがに狭く、自然と肩と腕がくっついてしまう。たったそれだけのことに動揺しているのは新名だけらしく、美奈子の方は一度困った様子で新名を見たあと、再び腕の中へと顔を俯かせてしまった。
「なに、なんかあったの?」
「……ううん」
「はーい、バレバレのうそ吐かない。吐き出せる愚痴は吐き出しましょー」
 ふざけた調子で新名が言えば、ほんの少しだけ笑う気配が伝わった。新名はさらに身体を屈ませて、美奈子へと顔を近づける。美奈子に好きな人がいると知って、親友宣言をしたのは自分からだ。例え恋愛での一番にはなれずとも、異性の友人として一番近くにいたい。咄嗟にそう考えての結論だったが、今にして思えばなんて浅はかでバカなことを言ったんだと後悔しきりだ。
 だって、全然彼女への恋心が消えてくれないのだ。むしろ消えないどころか日に日に強くなっていってさえ、いる。
 だが、当然新名の心境など知るはずもない美奈子は、あっさりと弱みをさらけ出す。どうしたらいいかなと、困ったような泣き笑いの笑顔は素直に心臓に痛くて、でもその反面で優越感に浸れてしまう。親友だと自ら引いた線をなかったことにしようかと伺っている自分に気が付いてはひどい罪悪感に襲われて、また、苛つきもする。
 美奈子の意中の相手は、美奈子のこんな表情を知らない。こんな風に思っていることを知らない。何も知らないのに、けれど美奈子には思われているのが羨ましくて仕方ないのだ。どうしてと誰にともなく、問う。こんなにも彼女の話を聞いて、彼女の気持ちを知って、彼女のことをたくさんたくさん知っていけるのにちっとも距離は縮まらない。それは「親友」というポジションに着いたから当然といえば当然なのだが、たまに、どうしてもやりきれない衝動に駆られそうになる。
 そんなヤツやめとけよ。
 オレにしとけよ。
 そんなドラマや何かで使い古されているような台詞が、口をついて出そうになる。
 それをいつも寸でで押しとどめて、「親友の新名」を装っていた。
「…ありがと」
 ぽつん、と。美奈子が呟いた。腕の中に顔を隠しているので聞き取りずらくはあったが、誰もいない二人きりの状態では十分聞き取ることができた。
 新名は返事を返さず、軽く彼女の頭に手を置く。ぽんぽんと二回手を跳ねさせて引っ込めると、美奈子の指先が新名のベストの裾を掴んだ。本当にちょっとだけ掴んでくる仕草が、逆にいじらしく見える。顔は以前俯かせたままで、けれど片腕を外したことにより横顔が伺える。泣くのを堪えるように下唇を噛んでいるのが見えて、新名堪らなくなった。これは、抱きしめてもいいのだろうか。いくらなんでも弱みを見せ過ぎじゃないかと、思う。いくら学校とはいえこんな見つかりにくい場所で男女で二人きりなんて、格好のシチュエーションじゃないか。
 ごくりと、新名の喉が鳴る。先程頭を撫でた手をもう一度美奈子へと伸ばす。今度は頭ではなく肩へと回し、抱き寄せた。美奈子は抵抗なく新名の腕の中へと納まってしまい、どくん、と新名の心臓が大きく動く。けれど同時に、激しい怒りもわき起こってきた。この人は、オレを舐めてるのか。オレが年下だから何もしてこないと思っているのか。「親友」だから、人畜無害だと安心しているのか。
 そこまで考えて、新名は俯く美奈子の顎に手を掛けた。上を向かせて顔を見れば驚いて目を見開き、黒目がちの目に新名を映す。その目の中の自分は、想像よりもずっと冷静な顔つきでいた。しかし反対に美奈子はどんどん不安になっていくかのように、眉を寄せる。さっきまで噛みしめて赤くなった唇に自分の唇を押し当て、口内へと舌を差し込んで蹂躙したい。そうしてやめてと突っぱねられても、お願いと哀願さてもすべて無視しして彼女を奪ってしまいたい。かつてないほど凶悪な感情に、新名の意識は黒く黒く染まりそうになる。が、抱きしめる肩から彼女がかすかに震えているのがわかり、はっと目が覚めるように我に返った。そうなるとあっという間だ。さっきまでの勢いはなんだったのかというほど気持ちは冷静に冷めていき、掴んでいた手を放す。両手を「降参」のようにして挙げて、じりじりと後退して距離を取る。
「…悪ぃ」
「ううん、平気。ちょっとびっくりしたけど」
「いや、でもやっぱりゴメン」
「もういいってば」
 続けて謝る新名に、美奈子も首を振る。
「わたしも、いつも相談とか乗ってもらいっぱなしでごめん。ニーナが優しいからってつい甘えちゃうの、良くないよね」
「……別に」
「嫌になったら言ってね?」
「なるわけねえし」
 いった言葉の裏側の本音は「なれるわけねえし」だが、当然伝えられるわけがない。
 しかし新名は暫く思案するように視線を泳がせ、再び美奈子を見た。
「じゃあさ、手」
「手?」
「この時間が終わるまで、手、握っててもいい?」
 言って、新名は自分の手を差し出した。美奈子は新名と差し出された手を交互に見て、そっと自分の手を重ねてきた。
 一つ年上でも包み込めてしまうほど華奢な手を新名はそっと握りしめ、あんがと、と呟いた。

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琥一小話

アンケリク、コウちゃん食べちゃった的な第二弾のようなもの。
いかがわしいので畳みます。ご注意ください。





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瑛小話

「海野さん」
 背後から名前を呼ばわれ、あかりは思わずうわあと背筋を凍らせた。第三者が聞いたら「穏やかな」声音だけれど、あかりからすれば完全に「よそ行き」の声だった。いやだなあ振り返りたくないなあと逡巡している間に、ぽんと肩を叩かれた。ひいと思わず悲鳴を上げそうになるのをぐっと堪え、ちらりと視線を動かした。ら、そこには案の定よそ行きの笑顔を張り付かせた佐伯瑛が立っていた。
「な、何かな、佐伯くん」
「さっき、若王子先生が呼んでるっていってなかったっけ?」
「え?」
 瑛の言葉を聞いて、思わずあかりは間の抜けた声を上げる。が、さらに後ろから複数の足音が聞こえてきて、それだけでそういうことかとあかりは納得してしまった。
「えっと…そう、職員室にきて欲しいっていってたかな!」
「そっか、ありがとう」
「えー、瑛くん職員室に行っちゃうの!?」
 ちょっとだけ不自然に上げた声のボリュームでの会話は、追いかけてきたらしい複数の女子の耳にしっかりと届いたようだ。その内の一人があからさまに不平の声を上げると、その後は連鎖反応。別にいいじゃんいかなくてもあたしたちと一緒におしゃべりしようとやだいかないで瑛くん、と矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。瑛はそれらの言葉を聞き流し受け流し、やっぱり笑顔を張り付かせたままごめんの一言だけで一蹴してしまった。ひらりとさわやかに手を振られると、しぶしぶながらも引き下がるのがある意味獣使い様を見ているようだ。言ったら間違いなく非難の雨あられなので言えるはずもないが。
 それじゃあと言ってそそくさとその場を去る瑛の後姿を見送る。残された女子たちはやりきれない文句を口々に呟きつつも、自分のクラスに帰っていった。なんだか一人だけ取り残されたような気分になったあかりは、こっそりとため息を吐く。と、
「あかり」
 先程の角を曲がったところから、瑛が顔を出して手招きをしていた。思わず先程の女子たちの姿を確認してしまうが、そもそも瑛がそんなミスをするはずもない。早くしろとばかりの目線を向けられ、あかりはしぶしぶならも彼の元へと駆け寄る。
「職員室に行かなくていんですか、佐伯くん」
「ウルサイ、嘘だってわかってるんだから茶々いれんな」
「…次から助けないよ」
 ぼそっとあかりがぼやくと、すかさずチョップが降ってくる――と、身構えたのだが、予想は外れた。瑛の不機嫌な顔は想像通りではあったけれど、目の前にはチョップの代わりに紙袋が突きつけられていた。ぱちくり、とあかりは目を見開いて突きつけられている紙袋を凝視する。
「なに、これ?」
「やる」
「わたしに?」
「おまえと話してるんだから、おまえしかいないだろ」
「いやうんまあそうなんだけど」
 瑛の言い分にちょっとだけ戸惑いながら、あかりは紙袋がを受け取った。ちらり、と瑛を伺い見る。不機嫌さは健在だが、よくよくみるとその中に照れが入り交じってる――ような、気がする。
「開けてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
 一先ず了承を得て、あかりは紙袋の中を覗いてみた。まず最初に、ふわりと甘い香りが届く。
「これ」
「スコーン。昨日試しに作ってみたから、毒味な」
「毒味って! もう少し言い方あると思うけど!」
「じゃあ返せ」
「もらったものは返せません」
 袋に伸ばされ掛けた手を避けて、あかりは数歩後退する。そんな彼女の様子に瑛はちょっとだけ満足したらしい。さっきの張り付いたよそ行きの笑顔とは違い、いつものちょっとだけ意地悪な笑みを浮かべて見せた。
「最初から素直にそういえよ」
「瑛くんも最初から素直にくれたらいいのに」
「…あの状況だから渡せなかったんだろ」
 ああなるほど、とあかりはようやくそこで納得した。あまり校内で話かけてこないのに珍しいなとは思っていた。が、そこまで考えて、あれ、と気が付いた。今日の放課後は珊瑚礁でバイトだ。だから、わざわざ学校内で渡さなくても、バイトで会える。そのときに渡す方がずっとリスクは少ないはずなのに、どうしてわざわざ今声を掛けたのか。
「瑛くん」
 呼びかけたタイミングで、予鈴が鳴った。当然そこで強制的に会話は終了だ。
 やはり優等生佐伯瑛はすぐさま教室に戻ろうと、踵を返した。あかりもその後姿を追いかけながら、手の中の紙袋を大事に抱え直す。
(ひょっとして、とか)
 考える。ひょっとして、少しでも早く渡したかったんていうのは、都合の良すぎる考えるだろうか。
「瑛くん」
 早足で廊下を進みながら、あかりは瑛を呼んだ。
「ありがと」
 振り返った瑛にそういって、あかりは彼を追い越して自分の教室へと駆け込んだ。

 よもや背後で瑛が顔を赤く染めてることなど知らず、珊瑚礁に顔出した瞬間チョップの制裁を受けるはめになった。

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設楽小話

アンケリク、フロントホックな下着に戸惑うセイちゃん


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 好きになって、好きになってもらって、相思相愛になってそれなりの月日が経った。キスしてハグしてのやり取りにようやく照れることがなくなってきて、そうなると待ち構えているのは次のステップだ。好きな人の家に招かれて、二人きり。となれば、ちょっとどこかかなり期待してしまうのは男でも女でも一緒だろう。――多分。
 美奈子は出された紅茶に口をつけながら、けれど頭の中は違うことでいっぱいいっぱいだった。洋服はいつも以上に設楽好みのものを着てきたつもりだけれど、下着はそれ以上に気合いをいれてもいた。たまたまこの間カレンとショッピングにいく機会があって、購入していたセットの下着をおろしたのだ。派手すぎないフリルがついた、ラベンダーカラーのフロントホック。実は美奈子もフロントホックの下着を着けるのは初めてで、なんだかブラジャーを付け始めたばかりの中学生のような気分だった。
 そんなこんなであっちこもこっちもそわそわふわふわと落ち着かない気持ちでいたのだが、つと、そんな美奈子に対して設楽が一度も突っ込みをいれていないことに気が付いた。あれ、と思って紅茶のカップをそっと降ろし、隣に座る彼を伺いみた。ちら、とちょっとだけ見るつもりだけだったのに、ばっちりしっかり目が合って、思わず不自然に目を逸らしてしまう。どっどっどっ、といきなり心拍数が跳ね上がる。別にこの部屋には設楽と二人きりなわけだし、恋人同士なわけだし、彼が美奈子を見ていても何も問題はないんだけどもやっぱり。さっきから邪な思考で頭がいっぱいだから、その思考を見透かされてるんじゃないかと思うと大変心苦しい。だが、そこは設楽が好きだからそういう気持ちになるんだということを誤解されたくないなと思い当たり、もう一度彼を見た。ら、さっきよりも近い距離に設楽の顔があって、思わずのけぞってしまう。うわあだがうひゃあだが、我ながら間の抜けた声だなと冷静につっこみを入れつつも、のけぞった弾みで座っていたソファーに押し倒れる形になる。どさり。
「美奈子」
 うわ、と。今度は胸中で美奈子は呻いた。うわ、うわうわうわ。
 付き合うことになってからも、設楽のつっけんどんな言い方は相変わらずで、けれど美奈子はそんなとことも含めて彼を好きになったのでなんてことはないんだが、逆にこんな風に優しく低い声を出されるととても困ってしまう。
 だって普段とのギャップがありすぎる。だから困るとそこまで考えて、でも、とも思う。
 すごくすごく困るけど、でも――嬉しい。
 だってこんな設楽を見ることができるのは、自分だけだと知ってるから。知ってしまったから。
「聖司さん」
 堪らず、美奈子も設楽の名前を呼ぶ。そうすると、設楽の唇が降ってきた。額に、頬に、目尻に、鼻の頭に、唇に。沢山のキスの雨がくすぐったくて嬉しくて身をよじったら、大人しくしろと怒られた。
「……いいか?」
 キスの雨が一段落し、伺うような目と一緒に設楽問う。それに美奈子は目を細めて笑うと、いいですよと返した。シャツワンピのボタンが一つずつ外されていくのがわかって、美奈子はぎゅっと目を瞑る。いいとは言ったものの、これから相手にすべてを見られるのはやっぱり恥ずかしくて直視できない。閉じた視界の中で、ワンピースボタンが全て開けられて、インナーに着ていたキャミソールの裾に指が引っ掛かった。そうして、ちょっとだけ薄く目を開けてみた。ら、ひどく真剣な目をした設楽と視線がぶつかる。どきり。心臓が、大きく鳴った。
 ちょっとだけ、見るんじゃかったと後悔した。だってその目は、設楽がピアノを演奏するときの目と同じだったからだ。あの真剣な眼差しが自分に向けられていると自覚した途端、ぞくぞくぞくと背筋に言いしれぬ感覚が駆け抜けた。彼の手が、ウエストをなぞって背中に回る。指が肌の上を撫でるだけなのに、触れられた箇所から熱を持っていくみたいだ。
 こわいとかうれしいとか恥ずかしいとかの感情がごちゃ混ぜになって、美奈子は設楽へと手を伸ばす。彼はその手を首裏に回させてしがみつかせてくれた。設楽が美奈子の頬にキスをしてきて、両手が背中に回る。指先が探るような動きを見せて、止まった。そうしてもう一度同じような動きを繰り返すと、耳元でかすかに呻くような声が漏れる。
「…聖司、さん?」
 思わず、名前を呼ぶ。と、一度目は無視された。背中に回った腕がごそごそと動き回る手が、ちょっとずつ雑になっていくのがわかる。聖司さん、ともう一度呼びかければ、ちょっと黙ってろと言われてしまった。美奈子は言われるままに口を閉ざせば、設楽はまたもや美奈子の背中を探るように手を這わせる。その手の動きを追いかけながら、美奈子ははっとあることに気が付いた。あの、と控えめに声を掛けて設楽をみれば、さっきまでの甘い雰囲気はどこにいったのか、すっかり不機嫌な表情の目がそこにはあった。
「…大変申しにくんですが」
「なんだ」
「ブラジャーのホック、前です」
「は?」
「今日の下着、フロントホックなので、前で止めるタイプなんです」
 そういって、美奈子は自ら下着の前の部分を外して見せた。その現場を目の当たりにした設楽は数秒、沈黙。みるみる機嫌が降下していくがわかる。
「……せ、聖司さん?」
「おまえ」
「はい」
「もう下着つけてくるな」
「いくらなんでもそれは理不尽だと思います」
 ぷいと横を向き、機嫌悪く言い放つ設楽に真顔でつっこみを返す美奈子を誰が責められようか。
 結局そのあとに小一時間ほどの口喧嘩にまで発展してしまい、喧嘩の延長戦なのか仲直りなのかわからない初体験を迎えるのであった。

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