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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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琉夏小話

アンケリクでケンカしちゃう琉夏バンでござる。

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 虫の居所が悪かったで片付けるには、言い方がきつかった。しかし「きつい」と自覚したのは言ってしまったあとの相手の反応を見てからだ。あからさまに傷ついた表情になった美奈子の顔を見て、しまったと後悔した。したけれど、うまいフォローの言葉が見つからない。いつものようにふざけて「なんちて」で済ますには、場は凍りつき過ぎた。ついでに言えば、場所がゲレンデなだけに寒さも倍増な気がする。とか、そんな馬鹿なことを考えている場合じゃないだろ俺。琉夏は一人突っ込みを繰り返しながら、泳がせる視線を美奈子に向ける勇気はなかった。スキーやスノーボードを楽しむ声が、妙に遠く聞こえる。さっきまで自分たちもあの輪の中にいたはずなのに、たった一言の失言で弾き出されてしまったようだ。
「…余計なこといって、ごめんね」
 最初に口を開いたのは、美奈子だった。彼女も彼女で琉夏を見ることはせず、足下に広がる雪原へと視線を落としている。無意識にスキーウエアのチャックをいじる指先を何となく眺めながら、琉夏はすぐに言葉を返せなかった。思わず顔を顰めて唇を引き結ぶ。調子に乗りすぎた俺が悪いはずなのに、先に謝られてしまっては立場がない。素直に「俺も悪かった、ごめん」といえば済む話だと、頭の片隅は分かっていた。が、なんだか妙に心の中の何かに引っかかっているのか、言えない。そもそも今日はずっとこんな調子なのだ。だからいつもよりハメを外し過ぎた。無茶な滑り方をしたのも自覚している。そうした自分を心配して「危ないからやめて」という彼女に、「好きなようにやらせろよ」なんて暴言を吐いてしまったのだ。
「…今日は帰るか」
 結局口から出たのは謝罪ではなかった。美奈子は琉夏の提案にちいさく頷くだけで、先に歩き出した琉夏の後ろを黙って付いていてくる。気まずくしたのは自分なのに、居心地の悪さに思わず嘆息してしまう。何してるんだろう。何がしたいんだろう俺は。ゲレンデから降りて帰宅のバスに乗り込むまで、琉夏はずっと自分自身に問う。けれど明確の答えなど出ずに、ただだんまりを決め込むだけだった。時折、隣に座る美奈子が何か言いたそうな素振りをするのはわかったけれど、それさえも琉夏は気が付かないふりをした。
 結局地元に到着するまで、二人は無言のままだった。当然その間に気まずさが解消されるはずもなく、居心地の悪い空気は続行中だ。
「…えっと、それじゃあ」
 バスを降りて、美奈子わらったらしかった。らしいというのはその通りで、彼女が浮かべたはずの笑顔はひどくぎこちない。ついでにいえば黒目がちの目は今にも泣き出してしまいそうで、彼女自身もそれを察したらしく別れの言葉も惜しむように素早く身を翻した。小走りのように駆けだした背中を、思わず琉夏は追いかけた。身長云々の前に男女の差は大きい。スタートダッシュは遅れても、コンパスの差で数メートルもいかない距離はすぐに詰められた。手を伸ばせば届く距離に美奈子を捉え、琉夏は一瞬迷うものの彼女を捕まえて振り向かせる。驚いた表情の相手の視線とぶつかり、今度こそ先に口火を切ったのは琉夏だった。
「ゴメン」
 言って、琉夏は大きく息を吸い込んだ。するともう一度ゴメン、と告げる。
「今日は調子に乗りすぎた。オマエの前でかっこつけたかっただけで、ケンカしたいわけじゃない」
「……うん」
 琉夏の言葉に、美奈子は頷く。と、ちりりんと背後から自転車の錫が鳴らされる。琉夏は美奈子の手を引いて道の端によけると琉夏くん、とちいさな声で呼ばれた。その声に応えるように彼女を見れば、少しだけ困ったような、苦笑のような表情を浮かべていた。
「わたしも言い方が悪かったと思う。……けど、あんまり危ないことしないでほしい」
「うん」
「琉夏くんがケガしたら、嫌だよ」
「うん」
 美奈子の言葉一つひとつに、琉夏は律儀に頷いてみせる。
「ゴメン」
「ううん、わたしも。ごめんね」
「だから、さ」
「うん?」
「もうちょい、時間いい? デートのやり直ししよう」
 言う琉夏の提案に、美奈子はキョトンした目を瞬かせ、けれどすぐに破顔して頷いた。
 その表情を見て、好きだなと改めて思う。いつも笑っていてほしいとも、思う。できればその笑顔が、自分のためであったならと考えて、ケンカの原因である一連の流れを思い出す。
 本当は、美奈子を喜ばせたかっただけなのだ。ちょっと無理をしてでもすごいと笑い歓声を上げる美奈子を期待していたはずなのに、待ち受けていたのは困ったような顔だった。だから、咄嗟に口をついてあんなひどい言葉を投げた。あまりにも自分勝手過ぎる思考だ。
 琉夏は隣を歩く美奈子の横顔をそっと伺い、胸中でのみもう一度謝罪の言葉を繰り返した。

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平小話

アンケリクでいただいた平小話でござる。初タイラー!
すごく…中学生日記です…笑

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 鈍くさいのか、タイミングが悪いのか、はたまたその両方か。
 暫く考えて、残念ながら両方な可能性が高すぎる結論に至ってしまった平は、がっくりと肩を落とした。
 さっきだってそうだ。楽しみにしていた修学旅行の出発前。たまたま見かけた美奈子と一緒に写真が撮りたかっただけなのに、何故か次から次へと人が集まって、最終的には集合写真になってしまった。今度は二人で、と言いかけた言葉はバスに乗り込む流れに飲み込まれた。自分の席から四つほど前に座っている美奈子の席を眺める。背の高い座席は彼女の横顔が辛うじて見えるほど。時折、通路を挟んで隣に座る男子生徒と楽しそうに笑う様子を眺めながら、平はほんの少しだけ眉を寄せた。どうして俺は、あんなに風に彼女と話せないんだろう。
「はー…」
 一日目の日程が終了し、宿泊先のホテルで飲み物を買いに来た平は思わず、といった風にため息を吐く。自販機のボタンを押すと、がこんと音を起てて炭酸飲料が落下した。平はそれを屈んで取り出すと、その状態のままでもう一度ため息。鈍くさくてタイミングが悪いとか、どうなんだ俺と自問自答しつつ立ち上がる。そうして缶ジュースのプルタブに指を引っ掛けたところで、声を掛けられた。
「あ、平くん」
「え?」
 間の抜けた声を発して、振り返る。そこには今し方思い返していた彼女が笑っていた。
「一人?」
「…うん、小波さんも?」
「わたしはこれからカレンとみよちゃんと、宿のおみやげ見に行くところ」
「ああ、なるほど」
 やっぱり彼女が一人になることなんてないんだな、と。妙に納得しながら平も笑みを返す。けれど偶然とはいえ、こんな風に美奈子に声を掛けられるのはやっぱり嬉しい。平はプルタブに引っ掛けていた指を離して、ジュースを下げた。ほんの少しだけでも美奈子との会話に集中したい。そう思ってのことだったのだが、彼女の方はきょろきょろとせわしなく周囲を伺い始めてしまった。どうしたのだろうと思っていると、美奈子の黒目がちの目が平に向けられた。その目に自分が映るだけで、振動がどきどきする。中学生か俺はと内心で独りごちていると、美奈子はちょっとだけ言いよどむような仕草のあと、声をひそめた。手には、携帯電話が握りしめられている。
「その、今持ってるの携帯カメラだけなんだけど」
「え?」
「出発前、結局ちゃんと写真撮れなかったから」
「それって」
 つまり、
「一緒に、撮ってもいいの?」
「た、平くんさえ良ければ」
 嫌な理由なんてどこにあるのか。思わず言いかけて、いやいやと直前で踏みとどまる。その間にも美奈子は、ディスプレイが回るタイプの携帯電話のカメラを起動させた。よく女子が自分撮りをする光景を思い出す。そして、平は改めて周囲を伺った。いつもなら、ここで第三者の乱入がくるのだ。何してんだよタイラー俺も混ぜろよとかなんとかいって、悪意のないクラスメイトの姿がないか、確認する。弁解しておくが決して彼らが嫌いなわけではない。むしろ基本的には良いやつらばかりなのだが、今だけは。この数十秒の間だけは誰も来ないでくれと平は祈るように願った。そうして美奈子が携帯電話を構えるのに習って、平は少しだけ身体をかがめた。二人でくっついて撮る写メは、自然と距離が近くなる。ちょっとだけくっついた肩に触れる彼女の体温が、妙に恥ずかしい。
「…ありがと。赤外線で送るね」
「あ、うん」
「バンビー!」
「あ」
 ちょうどシャッターが切られたタイミングで、カレンの声が飛んできた。思わず二人同時に振り返ると、大きく手を振るカレンとは対照的に物静かな雰囲気でこちらに向かってくるみよの姿があった。
 美奈子は友人と平へと交互に視線を送り、困ったように眉根を寄せる。そんな姿すらかわいらしくて、平は彼女の背中を押すように口を開いた。
「俺のことはいいから、花椿さんと宇賀神さんのところにいってきなよ」
「ご、ごめんね」
「うん」
「あとで写メ送るから!」
 そういって、美奈子はもう一度「ごめんね」と告げてから、小走りで二人の友人の元へと向かっていった。
 再び一人きりになった平は、手の中ですっかりぬるくなったジュースのプルタブを開ける。一口飲んでみると、やっぱりぬるかった。しかし写メはもらい損ねたけれど、彼女と二人で写れた事実に顔がにやけてしょうがない。
 案外、自分はお手軽なのかもしれないと考えながら、平はぬるい炭酸ジュースを一気に飲み干した。

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新名小話

プロポーズ大作戦的ななにか


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 店は予約して身支度もばっちり。あとは彼女と合流して一緒に向かうだけ――のはずだったのに、どうしてこうなった。
 新名はパソコン画面と向き合いながら、ぶつぶつと口の中で不満を繰り返した。最初は新人の単純なミスだった。それがどうしてか客先の逆鱗に触れたらしく、気が付けば上を出せ謝りにこいの大騒ぎにまで発展する始末。それはまあしょうがない。社会とか仕事とかは、そういう理不尽なことが横行している。それらとうまく付き合って受け流して、ときには向き合ったりするのはいつものことと言えばいつものことだが、なぜよりにもよって今日勃発するのだ。新名はため息を吐いて腕時計を見る。時刻は九時半を過ぎた。本日予約のレストランはとっくにキャンセル済み、一緒に行くはずだった彼女にも連絡をしていた。仕事でいけそうにないから、ごめん。なんて、ありきたりな言葉しか出ないオレってボキャブラリーが貧困だ。しかし他に適切かつわかりやすい言葉もない。あーっと呻くのとため息を同時に吐き出す。コメカミをぐいぐいと押して、疲れ目に刺激を送りながらパソコンの画面とにらみ合う。スクロールバーを上から下へと動かし、もう一度確認。大丈夫か、と新名は自
分へと問う。そして一番間違いやすい箇所をもう一度見て、問題がないことがわかるや否や素早く保存して立ち上がる。パソコン画面が落ちるのを確認するのももどかしく、上着を羽織って鞄を掴む。自分一人だけ取り残された職場の電気を消して、新名は慌ただしく部屋を飛び出した。エレベータのボタンを押して、上の階から降りてくるのを待つ。普段なら気にならないこの待ち時間は、急いでいるときは本当に遅く感じるから不思議だ。
 新名は一先ずズボンのポケットに突っ込んだ状態の携帯電話を取りだした。今日の約束をキャンセルした相手にフォローの電話をしようと思ったのだが、ディスプレイには一件のメールが届いていた。レターマークをクリックして開くと、送信者は彼女からだ。

送信:美奈子ちゃん
題名:お疲れ様
本文:駅前で待ってます。仕事が終わったら連絡ください。

 そんな短い文面を目の当たりにして、新名はエレベーター横に設置してある階段を駆け下りていた。カンカンカン、と甲高い音が上がる。途中で息が切れそうになって、己の体力不足を痛感する。くそ、内心でのみ悪態を吐く。やっぱどこかの柔道サークルでも入るべきかと考えながら、会社を飛び出してもうひとっ走り。
 花の金曜日は遅くまで人通りがある。すでに出来上がって酔っぱらっている人たちを横目に、居酒屋への勧誘を流しながら先を急ぐ。途中で捕まった赤信号で呼吸を整え、青になった瞬間に猛ダッシュ。そうして遅刻ぎりぎりの出勤を更新する速さで駅前に到着し、新名は周囲を伺った。走ったせいで髪が乱れているのはわかったが、整えてる余裕はない。
 どこだ、ともう一度周囲を確認していると、背後から名前を呼ばれた。
「旬平くん?」
 振り返ると、そこにはコンビニの袋を片手に下げた美奈子がいた。
「ナイスタイミング。旬平くん待ってる間にお腹空いちゃって」
 そういって、美奈子はコンビニの袋から肉まんを取り出した。それを半分に割って、はい、と差し出される。
「…ていうか、オレがこなかったら一人で肉まん食うつもりだったのかよ?」
「え? そうだけど?」
「…アンタって本当に」
 言いかけて、新名はがっくりと項垂れた。本当なら今頃、洒落たレストランでワインでも開けて、ちょっといい雰囲気を作るつもりだったのだ。そのために今日はいつもよりもいいスーツを着てきたし、気合いも入れていた。そんな新名の心境を知らないのだから当然といえば当然なのだが、あまりにもマイペースな彼女にだんだん笑いがこみ上げてくる。
 美奈子は項垂れたまま黙ってしまった新名を心配したのか、肉まんを手にしたままそっと伺うように近寄ってきた。しかし、くつくつと笑い出す新名に怪訝な表情を浮かべる。
「どうかしたの?」
「いや、なんつかーか、何年経っても美奈子ちゃんは変わらないっていうか」
「えーっと、褒められてるのかなそれ」
「褒めてる褒めてる。つうか、そんなアンタだから好きなんだし」
 さらっと新名言うと、美奈子がぽかんとした顔になった。そうして、数秒後にじわじわと頬が赤くなっていく。困っているのと怒っているのと嬉しいのと、どの感情に従っていいのかわからないようで、何ともいえない表情になるのがまた、新名の笑いに拍車を掛けた。
「もう!」
 笑う新名を一喝して、美奈子はぷいっとそっぽを向いてしまう。そうして手持ちぶさただった肉まんに八つ当たりするように食べ始めるさまを見て、新名はようやく笑いを引っ込めた。言う。
「ごめん、そんな怒んないで」
「知りません」
「なんかさ、嬉しかったんだよ。こうして肉まんとか買ってまで待っててくれる彼女がアンタで良かったなーって」
「……」
「なあ、ちょっとだけこっち見て」
 少しだけ、声のトーンを落とす。すると、美奈子は意外と素直に振り返ってくれた。けれど目の端では、ちょっとだけ怒っているのがわかる。そんな彼女に新名は苦笑して、スーツの内ポケットに入れっぱなしだった小箱を取り出した。フタを開けて、中身がなんであるか美奈子に見せるように差し出す。と、彼女の目が、わずかに開いた。指輪から新名へと視線を向けられる。
「本当はさ、こういうのってお洒落な店予約して夜景とか眺めて、ちょっと高いワインとかで雰囲気作ったりするもんだと思ってた。でも、そういうんじゃねえよな。気持ちがあればそんなの関係ねえんだってわかってたはずなのに、つい忘れる」
「旬平くん?」
「だからこれから先、いっぱいかっこ悪いところを見せると思う。けど、それでも――オレの隣にずっといて欲しい。…アンタに、美奈子ちゃんだからいて欲しいんだ」
「……待ち合わせで、肉まん食べてる奥さんでもいいの?」
「全然オッケー」
 そう旬平が言うと美奈子はちょっとだけ照れた顔のまま、「お受けしました」と新名の差し出した指輪を大げさな仕草で受け取った。そうして、しげしげと箱に収められた指輪を眺めたて、ちらりと新名の顔を伺う。
「つけてみても、いい?」
「なんでしたら、オレがおつけしましょうか? お嬢様」
「奥様、でしょ」
「…うん、あんがと」
「わたしも、ありがとう」
 そういって、二人揃って笑い合う。美奈子の手の中に光る指輪が、きらりと輝いて見えた。

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琉夏小話

アンケリクエスト→お互い大好き過ぎる琉夏とバンビ

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 もぞり、と腕の中の彼女が身じろいだ。その気配で、琉夏は眠りの縁から目を覚ました。美奈子はさらにううんとちいさく呟くと、琉夏の腕の中で居心地の良い場所を探すようにもぞもぞと動く。先程と殆ど変わらないように見えるが、美奈子は納得したらしかった。ぴったりと琉夏にくっつくようにして、安定した寝息を再開させる。彼女の呼吸が胸元に掛かり、琉夏は今すぐにでも叫び出したい衝動に駆られた。腕の中の美奈子はすうすうと気持ちよく寝ているので実行に移すことができないのが救いだ。否、本当にやろうとしたら彼女自身によって全力で止められるだろうが。
(それにしたって)
 かわい過ぎて困る。
 いつだって美奈子はかわいいけれど、こういう不意打ちの仕草が琉夏にとってはたまらないのだ。安心してすべてを見せてくれることがうれしくて、いとしい。どうしよう、本当に好きだ。大好きだ。琉夏は好きと大好きとかわいいを何度も何度も胸中で繰り返す。そうして美奈子の寝顔を堪能していると、閉じていた瞼の縁が震えた。
「…るかくん?」
 うっすらと目を開けて、美奈子は起き抜けの舌ったらずな声で琉夏を呼ぶ。
「おはよ、でもまだ寝ててもいいよ」
 言いつつも、もうちょっとだけこうしてくっついていたいというのが本音だ。美奈子は「んー」と寝ぼけ眼を指先で擦りつつ、琉夏を見る。黒目がちの目と目が合うと、へらり、と美奈子がゆるく笑う。
「琉夏くん」
「なに?」
「すき」
「え?」
「だーいすき」
 いって、美奈子はぎゅーっと抱きついてくる。彼女のやわらかい髪が首筋をくすぐり、ついでにもっとやわらかい二つの膨らみが胸に押し当てられる。
 神様、これなんてサービスだ。
 琉夏は内心でのみ祈りを捧げるポーズをし、一先ず彼女の背中に腕を回して抱きしめ返した。邪な考えがすぐさま頭を擡げるけれど、いやいやと琉夏はそれを否定する。たまにはこんな風にただ抱き合うだけでもいいじゃないかと言い聞かせ、けれど三分後には覆されることになるのであった。

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大迫小話

アンケでいただいたリクでござる!
大迫ちゃんとか初めて書きましたが楽しかった!大迫ちゃんいいよ大迫ちゃん!
GSシリーズだと一番「先生」な感じが溢れていて大好きです。
若王子先生も氷室先生も大好きでござる。だがしかし、若王子先生に限っては早くデイジー結婚してあげてと切に願うほど彼の食生活が心配です。

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 実は、羨ましかったりするのだ。常に大迫に追いかけ回されている幼馴染みの二人が。
 そんなことを言おうものなら、兄の方はこの上なく嫌そうな顔をするだろうし、弟の方はじゃあ一緒に悪い子になっちゃおうだなんていってくるのは明白なので決して言わない。というか、いくら構ってほしくとも大迫に迷惑を掛けたいわけではない。
 ただ、大多数の生徒ではなく、一個人の人間として認識して欲しい。願いとしてはささやかそうではあるが、如何せん自分と相手の立場は教師と生徒だ。美奈子はともかく、教師である大迫がそんな風にたった一人を特別扱いなどできるはずない。それに、そんな風に分け隔て無く生徒を見守ってくれる大迫だからこそ、美奈子は好きになったのだ。
 だから特別に見てもらえずともせめて、大迫の迷惑にならないようにしよう。優等生にはなれずとも、優良な生徒でいようと心がけていたはずなのに――どうしてこうなった。
 美奈子は自分以外誰もいない放課後の教室で泣きたくなった。
 机の上には問題集が広げられており、その問題は遅々として進まない。
 教室の窓から差し込む光は、すっかり夕焼けのオレンジ色に染まっている。野球部が校庭を走るかけ声に混じって、体育館のバレー部員の声も届いてくる。そのバレー部に所属する友人のことを思い出しながら、いやいやいや、と頭を振って問題集に意識を戻す。
 問題集に載っている数式に目を通し、悩む前にため息が出てしまう。
(補習だなんて、情けない)
 内心で独りごちると、再びため息。優良生徒を心がけていたはずなのに、結局は盛大な迷惑を掛けるはめになってしまった現実に頭が痛い。言い訳を言わせて貰えるのならば、最近始めた柔道部のマネージャー業務が予想外に大変だったのだ。同好会のときは使用できる空き部屋の確保に走り廻り、そうして部になってからは増えた部員の体調体重管理に、部費やら備品の管理のすべてを美奈子が請け負っていた。顧問が大迫ということもあり、気負っていたことも自覚している。だから、つい、うっかり、勉強の方がおろそかになってしまっていた。日々の授業はノートに取っているつもりでも、柔道部の業務に疲れてうたた寝をしていることもしばしば。そうなるとテスト結果が悲惨なことになるのは当然といえば当然だ。16年生きてきた人生で初めてみる赤点のオンパレードに、美奈子は深く反省した。ついでに落ち込んだ。
 補習を余儀なくされると、当然見届けるのは担任の大迫だ。しかも自分以外誰も補習を受けずに済んでいるところが輪を掛けて美奈子の羞恥を煽った。
「小波、どうだ? 進んでるか?」
 先程校内放送で呼び出された大迫が戻ってくるなり、そう声を掛けてきた。またもや思考の迷宮にはまりかけていた美奈子はその声にはっとなり、顔を上げる。半分も埋まっていない問題集を視界の端で捉えて、ええと口ごもることしかできない。
「わからないことがあったらなんでも訊いていいんだぞ」
「…はい」
「どうしたぁ? 何かあったか?」
 地声の声の大きい大迫の声は、二人きりだとよりはっきりと美奈子の元に届いた。気遣ってくれる言葉はうれしくて、でもこんな風に気遣われてしまう自分が嫌だった。大迫の特別にはなれずともせめて、自慢に思える生徒に慣れればと思っていたはずなのに、今は遠くかけ離れている。
 みっともない。
 情けない。
 そんな感情が美奈子の中に押し寄せてきて、気が付くとぼろぼろぼろ、と大粒の涙が零れていた。
「小波?」
「ごめ、ごめんさい…ッ」
「謝らなくていい」
 突然の涙に、美奈子自身が一番驚いた。慌てて手の甲で拭って止めようとすると、大迫がハンカチを差し出してきた。涙を流したままの状態で大迫とハンカチを交互に見やると、相手は美奈子の手にハンカチを押し付けてきた。美奈子が押し付けられたハンカチに戸惑っていれば、大迫は目の前の席に腰を下ろす。校庭を見つめる横顔に、一瞬だけ見とれてしまう。
「小波は、勉強は嫌いか?」
「…嫌いというか、苦手、です」
「なら、大丈夫だ」
「え?」
「誰だって、何だって、最初からできる人なんでいない。だから今は躓いても、きっとできるようになる」
「……なりますか」
「ああ、小波が毎日柔道部で頑張ってるのを先生は見てるからな。そのおまえが、できないはずない」
 そういって、大迫はこちらへと笑顔を向けた。それは、大迫の一番好きな表情だった。大迫の笑顔は太陽みたいで、あったかい。そんな太陽みたいな彼からの言葉は笑顔と同じくらいあったかく、美奈子の中にすんなりと染み渡った。
 そうして、涙の勢いは落ち着いてきた。しかし美奈子の涙を吸ったハンカチが改めて大迫のものだと思い知って、今度は顔が熱くなる。
「…先生、ハンカチお借りしてすみません」
「ハンカチくらい気にするなぁ! 小波が泣き止むなら、先生、いくらでも買ってきてやる」
 言って豪快に笑う大迫に、美奈子もつられて笑った。
「先生」
 一頻り笑ったあと、美奈子はぽつりと相手を呼ぶ。大迫も笑うのをやめると、真剣な目を向けてくれる。その目を見て、改めて好きだなと思った。教師としても、一人の男性としても、なんて素敵な人なんだろう。
 大迫が担任で良かった。出会えて良かった。だから、こんなところで挫けてはいけない。泣いている場合じゃない。立ち上がって歩き出して走り出して、最後に笑顔でゴールするための努力を怠けてはいられない。
「わたし、次のテストは頑張ります」
「…そうか」
 そういって、大迫は目を細めて笑う。
 走りきった先にどういった形のゴールが待っているかはわからないが、自分ができる限りの全力を尽くそうと、美奈子はそっと心に誓ったのだった。

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