二つの足枷のその後的な小話。
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好きだと告げられて両思いに、なった。
つまりは幼馴染みから恋人になったのだが、イマイチ実感が持てないのは幼馴染み期間の長さゆえだろうか。しかし昨日されたキスの感触と、間近でみた琥一の顔を思い出しては、恥ずかしさで爆発しそうになる。
夢じゃない。
夢なんかじゃない。
そう自分に言い聞かせつつも、どこか現実味に欠けてしまって思考は再びふりだしに戻る。
ひとまずは顔を洗って学校に行く準備をしようそうしよう。
美奈子は自分に言い聞かせ、ベッドから起き上がる。そうして枕元に置いてある携帯電話を開いて――固まった。
「え……ええええええええ!?」
さっきまでのふわふわと幸せな気持ちなどすべて吹き飛ばす勢いで叫んで、両手で携帯電話を掴んで改めてディスプレイを見つめる。そこには正確に現在の時刻が刻まれており、今、1分分の時間が進んだ。つまり、いつもの美奈子が学校に向かう時間になったのである。
「な、なんで…!?」
そう携帯電話に問いかけるものの、当然無機物である相手は応えない。ただ、無情にも時間は過ぎていくばかりだ。
美奈子は携帯電話をベッドの上へと放り投げ、慌ててクローゼットを開いて制服を取り出した。乱暴にパジャマを脱ぎ捨てて、同じくらい乱雑に制服に着替えていく。シャツのボタンを閉じていくのがもどかしく思いながら、ブレザーを羽織って階段を駆け下りてゆく。が、階段を最後まで下りきったところで靴下を穿き忘れたをことを思い出し、もう一度自室へリターン。再びクローゼットから靴下を取り出して穿いたあと、今度こそと意気込んで部屋を出かかったところで学校鞄の存在を思い出した。
しっかりわたし! と自分に激励をし、二度目の階段を駆け下りてゆく。
洗面所で顔を洗い、寝癖のある髪の毛をどうにかクシで宥めようと試みながら、美奈子はリビングにいるであろう母親の姿を探した。この時間ではすでに父親は出勤しているだろうけれど、母親はいるはずだ。
「どうして起こしてくれなかったの!」
そう美奈子がリビングのドアを開くと同時に非難の声を上げれば、そこには予想に反して、誰もいなかった。
あれ、と拍子抜けして思わず固まってしまうと、リビングのテーブルにメモ用紙が置かれていることに気がついた。そのメモ用紙には、
「ママ友さんたちと朝市にいってきます。鍵の閉め忘れには気をつけてね」
と単純明快な不在理由が書かれていた。
そういえば、美奈子は昨日の夕飯時の会話を今更ながら思い出した。最近近所で始まった朝市の野菜がどうのと言ってた…気がする。気がするというのは、琥一のことで頭がいっぱいだったからに他ならないが。
「…もう!」
結局のところ誰のせいにもできず、自分自身のミスなわけで。
美奈子はリビングから玄関へと向かい、ローファーに足を突っかけた。勢い余って玄関にぶつかりそうになるのを回避して、その勢いのままにドアを開けた。朝の眩しい光に一瞬目を細める。
「おまえ、こんな時間に家出て間に合うのか」
つと、聞こえた声に今日何度目かの思考と動きが停止した。
「こ、コウ、ちゃん!」
「どうせ寝坊したんだろうが」
「……そうだけど」
琥一の指摘に美奈子は視線を逸らしつつ、前髪を撫でつけた。さっき途中で諦めてしまった寝癖との格闘を、今更ながら後悔する。
「コウちゃんこそ仕事は! 遅刻じゃないの?」
「今日は休みだ」
「そう、なんだ」
「だから、おら。来い」
「え?」
「乗っけてってやる」
「え?」
琥一の提案に美奈子は寝癖のことも忘れて、ぱっと顔を上げた。と、いつもはばっちり決めてある髪の毛が、何のセットもされていないことに今更気がついた。美奈子は慌てて琥一のシャツを掴んで引き留めれば、怪訝な表情の琥一が振り返る。
「なんだ?」
「…いいの? コウちゃん、まだ寝てたいんじゃないの?」
「別にオマエを送るくらい大したことじゃねえよ」
「でも」
「オマエは遅刻したいのか? したくねえのか?」
「したくないです!」
「じゃあ素直に甘えとけ」
ぽん、と琥一の手が頭の上に置かれて、数回撫でられる。その手が離れていくのを思わず目で追いかければ、なぜか表情を険しくさせた琥一と目が合った。美奈子がきょとんとした表情で彼を見返せば、琥一は離した手を再び彼女の方へと伸ばし、腕を掴んでは屈んで見せた。急に迫る琥一の顔に、美奈子はそのまま動けずにいれば、柔らかい感触とともにちいさなリップ音が上がった。直ぐさま琥一の顔は美奈子から離れていき、腕は掴んだままに引っ張られた。美奈子は引かれるままに足を踏み出し、必然的に琥一の後を追う形になる。コウちゃん、と呼ぼうとして、けれど先程の唇の感触がすぐさま脳内されたものだから、結局呼べずに俯いてしまう。
(どうしよう)
やっぱり、夢じゃなかった。
今朝の起き抜けに考えていたことが、ようやく現実として実感できたような気がした。
はやくしろ、と急かす琥一の声に、はい! と返事をして助手席へと乗り込むのであった。
[6回]
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