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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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ルカバン小話

バレンタイン付近のルカバンにうわー!ってなった結果がご覧のありさまである。

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 一年目は皆に渡すのと同じ義理チョコで、
 二年目は少し奮発して高級チョコで、
 けれど三年目は、そのどちらでもなかった。
 美奈子は琉夏の屋上に続くドアの前で立ち止まり、ドアノブを回そうと出しかけた右手を、そのまま胸の前で握っていた。左手には学生鞄とは別にきれいめの紙袋が一つ、下げられている。その中にはリボンが巻かれた小さな箱が入っていて、中身はチョコレートだ。2月14日のバレンタインにチョコレートを持った女子高生は珍しくないけれど、今年のチョコレートは一昨年と去年と違って美奈子の手作りだ。元々お菓子作りは好きでよく作ってはいるけれど、渡す相手が男の子―しかも琉夏ともなれば、緊張してしまうのは仕方がない。
 否、去年ならばきっと、こんな風に思わなかっただろう。
 少し照れくさくても、そこに躊躇いや躊躇はきっとなかった。
 けれどずっと友達として、幼馴染として好きだったはずなのに、いつの間にか一人の異性として琉夏のことが好きになっていた。きっと無意識では随分前から彼のことが好きだったのかもしれない。でも、気付かなかったのは(気付かないふりしていたのは)きっと、琉夏と琥一との幼馴染という関係が居心地が良すぎたから。「好き」の意味合いが変わってしまえばこの関係が継続できるはずがないと、美奈子もわかっていたからだ。
 けれど、もうその気持ちに嘘はつけなくなった。
 琉夏が好きだと、はっきりと自覚してしまった。
 自分の気持ちなのにまだ戸惑いはあるけれど、その気持ちを後押しさせるように気合いを入れてチョコレートを持って来たのだ。その勢いのままで一足飛びに告白まではいけないけれど、代わりに特別な気持ちをチョコレートに込めてはみた。
「……よし」
 美奈子は改めて気合いを入れて、ようやく屋上のドアノブを回した。押してドアを開ければ、キイ、と少し錆ついた音を上がる。冬の冷たい空気に一瞬だけ首を竦めた。揺れるシーツの白さに目を細めて、美奈子は一歩、屋上に踏み入れる。吐いた息が白く霧散するのを見てから、もう一歩進んだ。
 すると、揺らめくシーツの隙間から見慣れた金色を見つけた。寒がりのくせに薄着の彼に気がついて、美奈子は慌てて駆け寄った。
「琉夏くん!」
「美奈子」
 名前を呼べば、彼は驚いたようにこちらを見た。入院着の上に薄い上着を羽織っただけの彼はいかにも寒そうで、美奈子は自分の首に巻かれていたマフラーを彼の首元へと掛けた。
「そんな格好で外にいたら、風邪引いちゃうよ」
「平気、ヒーローだから」
「ヒーローでも引くときは引くんです」
 ぴしゃりと美奈子がそういえば、琉夏はうれしそうに目を細めた。その表情に、どきりと美奈子の心臓が鳴る。誤魔化すように視線を逸らすと、美奈子は琉夏の座るベンチの隣に腰を下ろした。ええとと口ごもりながら、紙袋だけを膝の上に置く。ちらりと横目で相手を伺うと、琉夏は変わらずの表情でこちらを見ていた。
(うわ)
 心臓が、また一段落早くなった。どきどきからどんどんと勢いよく鳴る心臓がうるさくて、胸が痛い。
「これ、琉夏くんに」
 胸の痛みを誤魔化すように、美奈子は紙袋を琉夏に差しだした。するとその紙袋はすぐに琉夏の手に受け取られて、今度は彼の膝の上に置かれる。彼は紙袋からラッピングされた箱を取り出すと、リボンを軽く引っ張って、止める。ほんの少し歪んだリボンからまたこちらへ視線を向けて、訊く。
「これさ」
「う、うん」
「バレンタインのチョコ、だよな」
「そうだよ?」
「手作り?」
 ずばり問われて、うっと思わず言葉に詰まってしまう。1年2年と市販のものを渡していたから、ここで急に手作りは重かっただろうか。それとも手作りが好きじゃないのだろうか。その辺の配慮がすっかり抜け落ちていた美奈子は、今さらのように後悔し始めていた。さっきまでとは違う意味で心臓が苦しくなり、美奈子は俯いてしまう。
「……手作り、じゃない方がよかったかな」
「手作り、なんだよな」
「……はい」
 念を押すように言われて、ますます美奈子は小さくなってしまう。
 だが、そんなこちらの心境とは裏腹に、琉夏は美奈子の頭に手を置いてきた。大きな手のひらで髪を撫でて、
「すげえ、嬉しい」
 と、彼は笑い、そのまま美奈子の頭を抱き寄せた。間近で彼の体温を感じて、うまく呼吸ができない。殆ど抱きしめられてるこの状態を、脳がどう受け止めたらいいのかわからずにオーバーヒートを起こしている。心臓はこれ以上ないほど早鐘を打って、さっきまで寒かったはずなのにむしろ暑いくらいだ。
(……琉夏くん)
 期待を、してしまう。
 こんな風に優しくされたら、良い方に期待をしてしまう。
 けれど美奈子は浮かれそうになる気持ちを抑えて、自分を落ち着かせるように息を吐く。まだまだ熱い頬を感じながらも、なんとか口を開いた。
「病室、戻ろう。本当に風邪引いちゃうよ」
「もう少し、このままでいさせて」
 茶化すでもなく、ひどく真剣な声音で言う彼の言葉に、美奈子はそれ以上続けられなかった。大人しく琉夏に抱きしめられるような態勢を続けて、けれど数分も持たずにやっぱり無理にでも病室に戻るべきだと後悔する。
 すぐそばにある琉夏の熱と、においに、くらくらする。
 どうしうようもなく琉夏が、
(…好き)
 でも、声には出せず。ただ、心の中だけで、呟く。
 この想いを伝えるまではまだもう少しだけ勇気が必要で、同じ位、まだ幼馴染のこの距離にも甘えていたかった。

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