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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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佐伯小話

佐伯ははやくデイジーに指輪を買ってあげればいいのにっていう!ていう!

 ペアリング、というものがある。当然それが何なのか、何を意味するのかはわかっている。
 先日久しぶりに会った針谷という友人というより悪友はにやにやとした趣味の悪い笑みを張り付けて「虫避け」と称してそのペアリングでも買ってやればいいんじゃないかとぬかしてきた。必要ない興味ないと即座に切り捨ててはみたものの、そのあとに続いた針谷の「でも女って、やっぱそういうの欲しいんじゃねーの? いくらあいつだって女には変わりないんだし」という追加攻撃がじわじわと尾を引いている。そんなタイミングが良いのか悪いのか、今日はあいつと称された女――あかりと二人で出かける予定だ。しかもまた最近新しくオープンしたショッピングモールに、だ。何々だよ、と佐伯は口の中で悪態を吐いて、待ち合わせの場所で人混みへと視線を向ける。当然待ち合わせとして使われるその場所には、佐伯以外にもカップルの待ち合わせ人がそこここに存在する。待った? ううん今来たところ。なんて、ありきたりな会話が溢れる中で、どうしても視線はカップルたちの手元へと向いてしまう。そのたびに針谷のにやけた顔が脳裏を過り、くそ、ともう一度悪態を吐いたところで「瑛くーん!」と呑気な声が飛んできた。
「おまた、いた!」
「遅い」
「いや、た、確かにちょっと遅れたけど! だから突然チョップとかはないと思うな!」
「ウルサイ」
「えー…何か、ご機嫌ナナメ?」
「別に」
「ふーん」
 行くぞ、と佐伯が促せば、あかりはそれ以上何も言わずに佐伯の隣に並ぶ。思わずいつもの調子で歩きかけて、あかりの歩幅に合わせてペースを落とす。ちらっと横目であかりを伺えば、彼女の首元には依然佐伯がプレゼントしたチョーカーが掛かっていた。それだけでさっきまでの蟠りがほんの少しだけ下がって、我ながら単純だなと思う。佐伯はそっと嘆息をしたあと、そっとあかりの指先に触れる。ちょい、と引っ張るように握れば、あかりが嬉しそうに佐伯の手を握り返してきた。いやいや、そうじゃない、と内心だけで佐伯はつっこむ。いやうれしいんだけども。手を繋ぐのはいいんだけども、ちょっとだけ指のサイズとかそういうのを確認してみようかなと思ってしまった自分がバカみたいだなと自己嫌悪に陥る。
「あの、さ」
「何?」
 ごほん、とわざとらしく咳払いをしてから全力でさりげなさを装いつつ、佐伯は口を開いた。あかりが見上げてくる視線を見返すことなどできず、明後日を見やりながら続ける。
「おまえはさ、その……ペアリングとか? そういうのって興味あるのか?」
「え、別に?」
「え?」
「だってほら、わたしって抜けてるから。せっかく瑛くんにもらった指輪とか失くしそうだから」
「あー…確かに」
「でしょ?」
 屈託ない笑顔付きで念を押されてしまい、佐伯は内心でちくしょう針谷と完全に八つ当たりをしていた。それでも繋いでいる彼女の左手を改めて見やりながら、言う。
「……本番のは、失くしたりするなよ」
「え?」
「なんでもない」
「え、ちょっと! 何が?」
「なんでもない! 行くぞ!」

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