上官命令。
上官命令。
上官命令。
何度も頭の中でそう言い聞かせて、日本は気を抜けば泣いてしまいそうになる自分をなんとか自制するように勤めた。
いつもは着物を好む彼だが、今日は真新しい真っ白な軍服姿である。首をぐるりと囲むように作られた襟にはまだ慣れず、息苦しい。とはいっても、理由はそれだけではないのだが。
今、日本は彼を――中国のふいをつくことに成功し、馬乗りのように相手の身体に乗り上げている。そうして、引き抜いた愛刀が中国の顔の真横に突き立てられていた。
カタカタと、知らぬうちに震えている身体が刀身に伝わり、かちゃかちゃとちいさな金属音を響かせる。その音がやたら耳について、日本は一度、唾を飲み込む。しかし口の中はカラカラに干からびていたから、正確には喉を動かすだけだったが。
「…日本」
つと。
中国が自分を呼んだ。その声にびくりと身体は大きく跳ね、思わず刀を手放しそうになるのを寸でで堪える。もう一度、しっかりと柄を握り直すと背後から悲鳴なような声が上がった。
「日本!?」
「兄貴!」
その声に思わず振り返れば、そこには韓国と台湾の二人の姿があって。
ぐらりと、急に視界が揺らいだ。
日本は咄嗟に突き立てていた刀を引き抜き、その場から一目散に逃げ出した。途中、もう一人のきょうだいである香港とも擦れ違ったけれど、彼はどこか冷めた視線を寄越すだけで、自分を止めようとはしてこなかった。だからそのまま走り出した足を止めず、日本は呼吸が乱れて苦しい中でも走って、走って、走って――――逃げて。
がくん、と急に膝の力が抜けたところで、盛大に地面に転んでしまった。がしゃん。手元から離れた愛刀を地面に落としたために派手な音を上げる。
痛かった。
転んだ身体は当然ながら、それよりもずっと、もっと。身体の、心臓の奥が痛くて痛くてたまらない。上官命令だ、と何度も何度も何度も自分に言い聞かせて正当化してみたところで、結局自分は何一つ納得などしていなかった。そうして、自分が彼を――中国を切りつけた事実も変わることはない。先程中国を切り付けた感触を思い起こし、再び震えだした右腕を左手で掴んだ日本はその場で蹲ると、唇から嗚咽を零し始めた。目からも流れる滴が頬や鼻筋を通り、地面に染みを作る。
「…あに、うえ…」
自然と口から出た言葉が、もう随分昔に止めてしまった彼の呼び名だったなんて、皮肉だ。
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にーに対してのみツンなターンな日本!と考えていたはずなのにどうしてこうなった…
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