「コウちゃん、何読んでるの?」
唐突に声を掛けられたのと同時、背後に重みが追加された。ついでにぎゅ、と押し付けられるようなやわらかい感触を感じた琥一はぎくりと身を固くする。いやいやいや、落ち着けや俺。とっさに相手を跳ね飛ばしそうになるのを気合で押さえつけて、どうにか首を捻って背後を見遣る。やってきた人物を確認するためだが、そうはいっても自分相手に物怖じせず声を掛けることも、ましてや抱きついてくるような輩は一人しかいないのだが。
「…おまえな」
案の定、振り返った先にいたのは幼馴染の少女だ。琥一の肩にあごを乗せるような体勢をとっているため、顔が近い。近すぎる。どうしてこう無防備なんだと小一時間ほど説教をしたい。しかし現実はそんなことをしている余裕はなく、どうにか冷静を勤めるのに必死だ。読んでいた雑誌を閉じて、無意味に咳払いをする。
「とりあえず、離れろ」
「え、なんで?」
「なんででもだ」
「……でも」
しゅんとあからさまに落ち込んだ美奈子に、うっと良心が痛んだ。
「しゃがんでるときじゃないと、コウちゃんとちゃんと視線合わせられないから」
「…だからって後ろから抱きつくこたねーだろ」
「あ、ごめん、いやだった?」
「いやとかそういう問題じゃねえ」
「じゃあどういう問題?」
「どういうって、おまえそりゃ」
「そりゃ?」
琥一の語尾だけをオウム返して、美奈子は首を傾げる。その仕種とさらりと揺れる髪のせいか、いつもより少しだけ幼く見えた。
だからよ、と決まり悪そうに口を開けば、目の前の相手は黒めがちの目でじっと琥一を見つている。途端、二の句を告げる言葉が再びうやむやになる。あー、と無意味に唸って眉間にシワを寄せた。目尻がひくつく。
「……後ろより、前にこい」
「あ、そうだね。その方が見やすいよね、雑誌もコウちゃんも」
琥一の提案にあっさりと頷いた美奈子は、彼の葛藤など当然知ることもなく移動する。そうしてちょこんと隣に座り、琥一が開いていたバイク雑誌へと興味津々のご様子。
こっそりため息を吐く彼の苦労が報われるのはもう少し時間が掛かりそうだ。
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そして数分後ルカがやってきてバンビに抱きついてコウちゃんが殴るまでがワンセット。
[13回]
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