ちょっとだけ追加。バンビ視点。
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母親に具合が悪いと適当な理由をつけて、美奈子は自室に篭った。後ろ手でドアを閉めると、部屋の電気を点けることすらせずにドアに寄りかかった状態のままずるずるとその場にしゃがみこむ。ぺたんと腰が床についたところで、美奈子は両膝を抱えて腕の中に顔を伏せた。
思い出すのは、先ほどのことだ。
WestBeachに誘われるのは、何も今日が初めてではない。今までに数回訪れているし、琉夏と二人きりになったこともある。けれど今日のようなことになったことは、一度もない。いつもふざけた調子でちょっかいを掛けてくることはあっても、それはあくまでも冗談で済むレベルだ。なのに、
(…わたし)
胸中で呟いて、脳裏を数時間前の出来事が駆け抜けた。琉夏の部屋で、琉夏のベッドに押し倒されて、そうして琉夏自身によって崩し的に最後まで致してし
まった。
制止の声は掛けたけれど、結局許してしまったのは彼のことが好きだったからに他ならない。
しかし。
「ごめん」
お互いの呼吸が落ち着いてきた頃、告げられた言葉は謝罪だった。
どうして謝るのかと、美奈子は言葉にはせずに無言で琉夏を見つめた。
けれど琉夏は美奈子の視線から逃れるように、俯いたままで。
そうして、数秒。二人の間に沈黙が落ちた。
どちらからも言葉は発せられず、美奈子はのろのろと身支度を整え始めた。
正直に言えば、少しだけ、期待していた。
琉夏が自分と同じ気持ちでいてくれるのではないかと、思った。
しかしそれは、単なる美奈子の勝手な思い込みでしかなかったのは、先程の琉夏の謝罪が物語っている。ならば当然そこに留まることなどできず、美奈子は身支度を整え終えると逃げるようにWestBeachを後にした。背後から琉夏の視線を感じたけれど、振り返ることはしない。――できない。
「……琉夏、くん」
今更のように、涙がこみ上げてきた。
大事な幼なじみで、大好きな人、だった。けれど彼にとっての自分はなんだったのだろう。あんなことをしたのは、単なる気の迷いだったのだろうか。誰で
も、良かったのだろうか。
そう考えると、美奈子の心臓がきりきりと痛んだ。嫌だ、と内心で頭を振る。好きじゃなくてもいいから、せめて。美奈子だったからと願うのは、我がままだろうか。
不思議なことに込み上げてきた涙は頬を一筋流れただけで、それ以上溢れることはなかった。
[10回]
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