すっかり忘れてた合宿シリーズ新名編
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確かに理屈としては仕方ない。仕方ないとわかってる。わかってはいるが、
(冷静でいられるほど枯れてねえっつーの!)
と、新名はタオルケットを頭まで被って内心で葛藤する。
八月も半ばの夏休みまっただ中、彼は自身が所属する柔道部の合宿に参加していた。しかし急に決められた合宿なだけに、参加メンバーは主将である不二山と顧問の大迫、そしてマネージャーの美奈子と自分の四名だけだ。
こんな少人数ならいっそやらなくても良くね? と思わなくもないが、夜の学校に寝泊りできるという好奇心に負けた。代価としていつも以上に厳しい合宿トレーニングメニューが待ち構えていたが、それらも美奈子のエールを聞けば吹っ飛んだ。……否、やっぱり途中でめげそうにもなったけれど。
それでもどうにかこうにか初日を終え、美奈子が用意してくれた夕飯も食べてさて寝るか、とプレハブ小屋に来て気が付いた。敷かれた布団は4枚。合宿参加人数は4名。つまり、この場に美奈子も一緒に寝るということだ。
「ニーナ、どこに寝る?」
後ろからやってきた当の彼女はにこにこ笑顔で、気軽にそんなことを聞いてくるから軽く眩暈がした。どこに寝るってアンタ、ここいるメンバーは男なんですけどそこんとこわかってるの? 確かに女子一人にしておく方が危ないかもしれないけど、それでも無防備過ぎじゃね? などなど言いたいことは山ほどあったが、どれもこれも言ったところできっと彼女には通用しまい。そうだ、彼女はいつだってそういう人じゃないかと半ば自暴自棄になっていた。
のだが、
(…本当に無防備過ぎだぜ…)
タオルケットから顔を出し、新名は隣ですやすやと眠る美奈子を見つめる。先ほど寝返りを打ったせいで、相手は完全に新名に顔を向ける体勢になっていた。
好きな相手が、手を伸ばせばすぐ届く距離にいる上に、こんなにも隙だらけな状態を目の当たりにして無関心でいられる男がいたら見てみたい。
(…あーもー)
熱帯夜の暑さも手伝って、頭が茹って爆発しそうだ。
「…ん、…」
もぞり、と美奈子が小さく声を漏らした。途端、何もしていないのにびくっ! と新名は身を竦ませた。一気に心拍数が上がった心音が耳元で大きくなる。息をひそめて、目の前にいる相手が起きやしないかと、じっと見つめていると、彼女の口が何かを食べているようにぱくぱくと動き始めた。思わず吹き出しそうになる口を手のひらで塞げば、彼女の口はなおも何かを食べているようにもぐもぐと動き続けている。そして、
「にぃ、な…」
「え?」
「…それ、食べるから…交換…」
「…え?」
口元を抑えていた手を離して、新名は上半身を起こし掛ける。だが、彼女の寝言はぴたりと止まり、再びすうすうと規則正しい寝息をし始めた。
(…いま、オレの名前…呼んだ?)
先ほどの寝言をうっかり反芻してしまい、カッと身体中に熱が駆け巡る。しかも熱帯夜の寝苦しさも相まって、完全に彼の眠気は吹き飛んでしまった。
(まじ、パネェ!)
悪あがきとして彼女に背を向けるものの、全神経が美奈子に向いてしまっているので、意味がないのは誰よりも自分自身が一番よくわかっていた。
「おはよ、ニーナ。…て、どうしたの? 寝不足?」
「…ああ、うん、まあね」
「大丈夫?」
「……あのさ」
「うん?」
「昨日、何の夢見てた?」
「えっ、わたし、寝言言ってた!?」
「…うん、まあ」
「やだ、なんて言ってた!?」
「え」
「へ、変なこと言ってない、よね?」
「……」
「……」
「……秘密」
「ニーナ!」
(これくらいの仕返し、かわいいもんだろ!)
[4回]
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