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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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柚木小話

最近小話ばっかり思いついてまとまった話を書く体力がないでござる。困ったでござる。

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 とん、と背中に壁が当たって、自分が追い詰められてしまったことにようやく気がついた。しまった、と考えることがすでに遅い。顔の真横には二本の腕が伸びていて、さらにその腕の持ち主である柚木が目の前で笑っていた。その笑みは、いつも女生徒たちに向ける柔らかいものではない。こうして目を細めて、口角を上げている柚木こそが本当の彼なのだが、一体それを言ったところで何人が信じてくれるだろうか。彼もまたそれをわかっているからこそ、彼女にしかこんな態度を取らない。眉目秀麗を実現させたような柚木梓馬という人間は、素敵に捻くれた性格をしていた。だがそれよりも厄介なのは、そんな彼を好きになってしまった自分の方なのだ。きっと柚木の親友である火原に恋をしていれば、今よりずっとラクで楽しい恋愛だったに違いないと思える。火原が吹くトランペットのように、明るくて快活な恋ができただろう。けれどトランペットに恋をする前に、美しいフルートの旋律に捕まってしまっていた。それはまるで白雪姫のりんごのようだ。真っ赤でおいしそうなりん
ごは猛毒で、それを齧ったがゆえに永遠に囚われて、逃げられなくなってしまった。
 嗚呼、本当に我ながら厄介な相手を好きになったものだ。

「キスしてほしいって、言え」
「いりません」

 そういって睨み返してみれば、柚木の笑みは深まっていく。このおきれいな顔に似合わず、目は間違いなく獲物を狙う肉食獣のそれだ。ぞわっと背筋にいやな予感を覚えるものの、背後は壁で行き止まり。結局一ミリも距離を離すことはできず、むしろ相手が更に近づいてきた。ふに、と柚木の指先が、自分の唇に押し当てられる。ふに、ふに、と数回押されて、そのまま唇の形をなぞる。

「せんぱ」
「黙れ」

 もうやだこの俺様どS様。泣き出したい気持ちに駆られたものの、ここで泣けば思う壺だ。我慢だ我慢と自分に言い聞かせ、ぐっと奥歯をかみ締める。くい、と顎を持ち上げられて近い距離で視線が合う。やっぱり間近でみても整った顔は、油断をするとうっかり見とれてしまいそうだ。けれど警告音は緩めない。そうしたら、きっと歯止めなく彼に溺れてしまうから。恋人という立場のはずなのに、どうしてこんなにもプレッシャーを掛けられなくてはならないんだろうか。
 柚木は暫くこちらの顔を見つめていると、どうやら気が済んだらしいのか顎に掛けられた手が離れいく。すると、遠くで生徒の声が聞こえてきて、開放する気になったのはそれが原因だろう。ほっと安堵の息を吐き出せば、目の前の彼は面白くなさそうに顔を顰めた。

「まったく、おまえの強情さには感心するよ」

 それは先輩もです。なんて、口が裂けても言えやしない。一先ずぷいと視線を逸らせば、くしゃりと頭を撫でられた。ぽんぽん、と二回弾んで離れていく。

「だからこそ、俺はおまえを気に入ってるんだけどね」

 さらりと言われた言葉を聞いて、思わず呆けた顔になってしまう。けれどにっこりと笑う彼の顔を見た瞬間、カアッと熱が一気に上がった。湯気まで出てしまいそうな勢いで加熱すれば、柚木に手を取られて引きずられるように引っ張られた。人気のない場所から太陽の下に姿を見せて、その眩しさに顔を顰める。

「せ、先輩! 皆に見られますよ!」
「いいよ、別に」
「でも」
「俺が選んだのはおまえなんだ。もっと胸を張れ」

 妙にきっぱりと言い切られてしまい、こうなるとこちらの反論はすべて無意味だ。…否、むしろ聞き入れてもらったことの方が少ないのだが。
 けれどしっかりと握られた手が嬉しくて、思わず頬が緩んでいるのを自覚する。

(ああもう!)

 内心で地団駄を踏みつつも、繋いだ手は離さないし、離せない。
 本当に、我ながら厄介な相手を好きになってしまったと、独りごちた。

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