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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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琉夏小話

実は手芸部のファッションショーをみてからずっと考えていたネタである。
皆考えつくと思うけど我慢できなかったんだ…



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 ふう、と思わずため息を吐いてしまって、いけないいけないと気を取り直す。慣れないドレス姿に丸まってしまいそうになる背筋を伸ばし、今度は落ち着かせるように深く深呼吸。もうすぐ吹奏楽部の演奏が終わり、その後は手芸部のファッションショーが始まる。つまり、自分の出番だ。手芸部に入部して三年目となる今年の文化祭は、何か派手なことをやろうという意見でまとまった。そこまではよかったのだが、まさか全員で作り上げたウェディングドレスを着ることになるとは思ってもみなかったわけで。「次期ローズクイーン」という後押しで決まってしまったのだが、正直そのプレッシャーは少しだけ重荷だ。周囲がそう囃し立てているのは知っているが、自分はそんなつもりは毛頭なかった。むしろもっとかわいい子や素敵な子はたくさんいるだろうにと思って仕方ない。

「よ、花嫁さん」

 そんな色々なことを考え込んでいるところへ、聞きなれた声が割って入ってきた。はっと顔を上げてみれば、予想通りの幼馴染がそこにいた。琉夏くんはいつものはば学の制服を着崩したまま、上履きの踵を踏んだ足でこちらに歩み寄ってくる。

「ドレス、似合うね」
「本当? ありがと」
「このまま攫っちゃってもおっけー?」
「だめです」
「ちえ」

 いつもの冗談交じりの会話を交わして、わたしはつと、思い出した。それは誰しもが憧れるウエディングドレスのジンクス。本当の結婚式の前にドレスを着ると婚期が遅れるという、ひな祭りの人形を出しっぱなしにしているのと同じ言い伝えだ。
 わたしは手にしているブーケを抱えなおして、視線を舞台へと向ける。吹奏楽部の演奏は最後の盛り上がりを見せていた。

「わたし、結婚式以外でドレス着ちゃったから結婚できないかも」
「え? なんで?」
「そういうジンクスがあるの。ウェディングドレスを結婚式以外で着ると婚期が遅れるって」
「ふうん」

 わたしの言葉を聞いて、琉夏くんが曖昧な返答を返した。男の子だし、興味がなくて当然か。そう考えると、なぜか妙に落ち込んでしまった。と、ちょうどそのタイミングで舞台上の演奏も終わり、一度すべての明かりが落ちる。練習の通りに吹奏楽部が舞台上から降りたのを見計らい、裏方の手芸部員が舞台設置に取り掛かる。そうしてスピーカーから厳かな音楽がかかり始めれば、舞台上にも照明が点いてゆく。部員の誰かに名前を呼ばれて、舞台に向かおうとした際に肩を掴まれた。思わず振り返ってみれば、薄暗い視界の中でも琉夏くんが真剣な表情でこちらを見据えているのがわかる。

「…おまえの婚期が遅れても俺が責任取るから、頑張ってこいよ」
「え?」
「ほら、いってらっしゃい」

 ぽん、と背中を押されてしまい、わたしは聞き返す暇もなく舞台へと進まされてしまった。部員の一人に手を取って促され、まるで結婚式さながらの曲をBGMに舞台の上を進む。当然ファッションショーなので舞台の上を行き来して戻ってくるのだが、まるでひとりきりの結婚式のような錯覚に襲われる。そもそもひとりならば、結婚式以前の問題だけれど。
 しかし舞台の端まで歩き、ターンして戻る視線の先には琉夏くんがいて。
 まるでわたしを待っているように手を伸ばしているものだから、思わず駆け出してしまいたくなった。

「お帰り、俺の花嫁さん」

 打ち合わせ通りのルートを回って戻ってきたわたしを、笑顔の琉夏くんが出迎えてくれた。わたしは咄嗟に言い返す言葉を見つけられずに俯いて、少しの間を置いてからようやく「もう」と言い返したのだった。

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