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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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雲花小ネタ


ネタバレ全開ご注意!



雲長さん好き過ぎてこじらせてる系






 はっと目が覚めるように我に返って、広生は部屋を見渡した。
 見慣れたはずの自分の部屋だが、それらはひどく懐かしく思える。まるで何年ぶりに戻ってきたような感覚を覚えて――何かが、引っ掛かった。
 「まるで」ではなく、実質本当に何年も、何十年も経っていておかしくないはずだと、広生は座っていた勉強机の椅子から立ち上がった。部屋に掛けてある時計は夜の九時を示している。カーテンを開けてみると、外は時計の示す時刻通りに太陽が落ちて暗くなっていた。ただ、街頭の光がやけに明るく見えて、そのことにひどく違和感を覚える。だって、夜になれば辺りは暗くなるものだと、そんなささいなことが当たり前に身についてしまうほど「あの世界」に自分はいたのだから、と。
 そこまで考えて、記憶の断片が脳裏に蘇る。
 そうして窓に映る自分の姿を確認して、思わず目を見張ってしまった。
 長い髪はすっかり短く切りそろえられていて、我ながら随分幼くなったように思う。否、幼くなったのではなく、「元に戻った」だけなのだが、脳が中々現実を受け入れてくれない。
 すると、
「広生ー?」
 階下から、母親が自分を呼んだ。思わず躊躇って、それから意を決して部屋の外に出る。
「……なに?」
「お風呂、入っちゃいなさい」
「わかった」
 何気ないやり取りのはずなのに、心臓が早鐘を打つ。落ち着かせるように息を吐き、「関雲長」ではなく「長岡広生」はカレンダーの日付を確認した。西暦の暦に妙に戸惑いながらも、その年は自分がまだ中学三年生であることを示していた。
(そうか、受験だ)
 高校受験を目前にして、あの世界に逃げ込んだことをじわじわと実感し始める。けれど、何度も繰り返したはずの生と死が、なぜかひどく曖昧にぼやけてしまう。その感覚が気持ち悪いけれど、その中でも一際靄が掛かった部分があった。
 それが「何」なのか、靄が強すぎてわからない。わからないけれど、でも、それは何よりも大切で、大事で――唯一で。
 それだけは間違いないはずなのに、思い出せないことが歯がゆくて仕方がない。
 何か、喉のすぐそこで蟠っているような感覚だった。呼びたくて、手を伸ばしたいけれどそれがわからずにできないもどかしさに、まるで呼吸の仕方を忘れたように息苦しくて仕方がない。
「……何を、忘れているんだ」
 絶対に忘れてはいけない、「何か」。だが、すぐに頭を振って、訂正する。
「違う……誰か、だ」
 咄嗟に訂正して、けれどそこから先はどうしても思い出せそうにない。広生は改めて外へと目を向けて、あの世界よりも見えなくなってしまった星空を見上げた。
「約束、したんだ」
 ぽつりと、呟く。
 けれどの呟きは想像以上に広生の記憶を揺さぶった。約束。こちらの世界に戻って来るときに交わした、約束。例え忘れても、必ず思い出すと。そうしてきっと探し出すと約束を、した。
「……そうだ」
 あの夕陽が沈む直前に交わした唇の感触に、彼女の体温。今思い出せるのはそれだけだが、必ずすべてを思い出して彼女を見つけて見せる。
 絶対に。
 約束だから。
「必ず」
 言って、広生は改めて星空を見上げた。
 きっとこの空の下、彼女と繋がっているのだから。

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