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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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A.P.H.(仏英)

 今日はイギリスとフランス、両国にとって特別な日だった。
 英仏協商の記念。
 この日が確約されてから百年が経とうとしてるが、未だにこの日がくるとそわそわと落ち着かない気持ちになる。いつもの調子が狂わされて、実のところ少しだけ苦手な日だった。国として、ではなく。個人の感情として、だから余計にタチが悪い。
 当然そんな自分の葛藤などお構いなしに、暦は確実に進んで今年も今日を迎えたのだが、イギリスの家にやってきたフランスの姿を見つけた瞬間。
 すぐにある違和感に気がついた。

「おいフランス」
「お、どうした? こんなめでたい日にそんな難しい顔しちゃって。かわいい顔が台無しだぞー?」
「くだらねえこといってんじゃねえ」

 言うフランスの言葉を一蹴して、イギリスは半眼で目の前の男を睨みつけた。
 一見、いつも通りの軽口を叩くフランスは普段と何ら変わらないように見える。常日頃から飄々とした態度の男だから、他の相手ならば気づくことなく騙されていただろう。けれど残念なことに、長年に渡ってフランスだいきらいと名言してきたイギリスにそんな演技は通用しない。
 きらいになるということはそれだけ長い付き合いな上、良い所も悪い所も知り尽くしてしまっているということ。――訂正。悪い所ばかりだからきらいだったのだ。が、認めたくはないけれどそんな経緯のため、相手の動向なんて手に取るようにわかってしまうのが余計に腹立たしい。このオレを騙せるとでも思ってんのか。

「おまえなあ!」
「え? 何よ?」
「何じゃねえよ! 熱があんだろーが、この馬鹿!」

 イギリスはため息を吐いてから半ば投げやりのような口調で言って、左手を伸ばす。身を引いて逃げようとするフランスの襟首を素早く掴んで引き寄せた。そうして、今度は右手のひらを思い切り額に押しつけてやる。べし、という音の後に「痛い」と抗議の声が上がったが、無視。イギリスは手のひらから頬、首筋に手を滑らせて舌打ちをした。予想していたのより、ずっと熱は高い。
 改めてイギリスがきっ! ときつく睨みつけてやれば、フランスは降参とばかりに両手をあげ、誤魔化す時によく使う曖昧な笑顔を浮かべてきた。

「おまえ…!」
「はーい、ごめんなさーい。大人しく帰りまーす」

 イギリスの文句が飛んでくるのを見越して、フランスは先手を打つ。こちらが相手のことをわかっているのなら、逆もまた然り。フランスの態度に言いかけた文句を言うことができず、ぐ、と低く呻く。それでも「当たり前だ!」と声を上げる不機嫌オーラ全開のイギリスの態度に肩を竦め、フランスは「バレるとは思ってなかったんだけどな」と、胸中でこっそりと苦笑した。彼に会うまで何人かと話をしたけれど、誰一人として気づいた様子がなかったから、余計だ。
 しかもその相手がイギリスであることも十分驚きではあるが、ふと。そういえば、いつも自分のポーカーフェイスを見破ってくるのもまた、イギリスだったと思い当たる。口も態度も悪いけれど、ここぞという時に妙に優しいんだからなあと、思わず零れてしまいそうになる笑みを必死で耐えた。それでも口の端が不自然に引きつってしまっていたけれど、当のイギリスがそっぽを向いてくれていたので気付かれることはなかった。

「じゃあお言葉に甘えて、退席させてもらうわ」
「……おう」
「ええと……だから、手を離してくれると嬉しいなーなんて思うんだけど」

 降参のポーズで上げたままの手を、ひらひらと振って見せる。イギリスの手はシャツの襟首を掴んだままなので、離してもらわなければ帰ることができない。
 イギリスはフランスの言葉に何とも形容しがたい複雑な表情を浮かべるのと同時、掴んだ襟首へ更に力が入る。先ほどより息苦しくなった喉元に対して、一応俺病人なんだけどと言う呟きを言う前にイギリスが口を開いた。

「こ、んな熱のある変態を一人で帰して、他の奴らに迷惑が掛からないように送っていってやる」
「……イギリス、本当に俺のこと心配してんの?」
「はァ!? いつオレがおまえを心配してるだなんて言ったよ! オレは他の連中に感染らないように…」
「あーはいはいわかりましたわかりました。お兄さん超熱が出てふらふらしてるから早く帰りたいなー」
「てめえ!」

 まるで猫が威嚇するのを思わせる様子で噛みついてくるイギリス。それをいつもの調子で流し、頭を撫でてやろうと伸ばした手は、届く前に思い切り叩かれた。

「ほら! 帰るぞ!」
「お兄さん歩くのしんどいから肩貸して~」
「調子に乗るんじゃねえよ!」

 肩を借りるというより抱き寄せるように回した腕は、しかし先ほどのように突き放されることはなかった。間近でイギリスの顔を見つめ、一言二言からかってやろうとしたものの、口から出たのは熱を孕んだため息だけだった。どうやら自分で考えているよりもずっと熱は高いらしい。先ほどまでは誰にも気づかれまいと気を張っていたものが、イギリスに容態を知られて気がぬけてしまったのかもしれない。ぐらりと視界が揺れる感覚が気持ち悪い。ともすれば、慌てたような相手の声がどこか遠くに聞こえた。

「おいっ? フランス、大丈夫か?」
「あはは、ちょーっとしんどいかもなあ」
「だからおまえは…っ、いや今はそんなこと言ってる場合じゃない。しっかり捕まってろ」

 言って、イギリスはふらつくフランスの身体を支えると、ひとまずは空いてる部屋に横にさせようと考えた。

「迎えを寄越すように連絡してやったから、少しの間我慢しろよ」
「…イギリス」
「なんだよ?」
「添い寝してくれちゃったりしない?」
「しねえよ」
「残念」
「ていうか、病人だったら少しは大人しくしろ!」
「病人だから人肌恋しいのにー」

 すぐ近くにあった空き部屋のベッドに身体を休ませてやると、無理矢理笑って冗談を寄越すフランスが憎らしい。
 こんな日くらい、甘えてきてもいいのに。

「…迎えが来るまでだからな」
「へ?」
「だから、迎えが来るまで! 一緒に寝てやる!」
「え。ええええ?」

 言うなり、イギリスは毛布を捲り上げて本当に自分の隣に滑り込んできた。しかも上着は脱いだとはいえ、ベッドに横になろうものならスーツは台無しになるだろう。日頃服装には人一倍うるさいのだから、今日のような特別な日に着ているものはいつも以上に上等なシロモノだ。それを自分の冗談で台無しにさせるのはさすがに気が引けた。

「イギリス?」
「んだよ! おまえが言ったんだろ!」
「でも、スーツがシワになるぞ」
「少しくらないなら平気だ」
「イギリス」
「……」
「ごめんな」

 フランスに背を向けるように横に寝たのは正解だった。耳元のすぐ近くで聞こえる相手の声は、熱もあるせいかいつもより……色気がある気がしてならなかった。そんなことを考えてしまい、馬鹿かオレは! と胸中で自分を叱咤する。
 しかしフランスの手が腰に回され、緩く抱きしめてくるものだから頭が沸騰しそうになる。トドメに「愛してる」なんて囁いてくるフランスに「……そうかよ」と返すのが精一杯だった。


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とても今更4月8日英仏協商の話なんぞ。
フランス兄ちゃんが最近とてもすきです。
お兄さんぶるフランス兄ちゃんもえる。

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