「この、くそ、が…!」
「ほらほら坊ちゃん、頑張れー」
「だま、っれ!」
ぜっ、ぜっ、と激しく呼吸を繰り返すのと合わさるように、ぎっ、ぎっ、と漕いでいる自転車が悲鳴を上げた。自転車の後ろに乗っているフランシスは呑気なものだ。
「おーこわ。でも勝負をいいだしたのはおまえで、負けたのもおまえだからね」
「だ、から! うるせえよ!」
殆ど叫ぶように言い放ち、気を抜けば態勢を崩してしまいそうになる足を叱咤する。ちくしょう。口の中で呻くように言えば、背後でフランシスが笑う気配に舌打ちをした。
そもそもどうしてこの男と自転車に二人乗りをしているかというと、フランシスが言った通りに自分からふっかけた喧嘩が原因だ。
次の試験で負けたら何でも言うことを聞いてやる、だなんて。どうしてそんな約束をしてしまったのかと、あの時の自分を殴り飛ばしてやりたい。そもそもそんな約束をしてしまったのだって、売り言葉に買い言葉ないつもの口喧嘩の発展からきたものだったはず。
しかし一度言ってしまった言葉が取り消せる術はなく、結果、試験はフランシスに一点差で負けてしまった。
(一点差ってのが、むかつく!)
勝負に勝ったフランシスの出した条件は、このきつい坂道の上にあるスイーツ専門店まで彼を自転車で送り届けることだった。イギリスも何度か行ったことはあるので、その坂がどれほどきついのかは身に染みて理解している。確かに評判になるだけのスイーツが揃えられているが、場所が場所なだけにいつもなら自転車に乗ったまま登りきるだなんて無謀なことをしようとは思わない。――だからこそ格好の罰ゲームなのだが。
アーサーは顔を上げて、目的地までの距離を確認する。と、目印である店の赤い屋根を目に留めて、ぐっと力強くペダルを踏みしめた。ラストスパートを掛けるために腰を浮かせて、最後の力を使い果たすようにスピードを上げていく。背後からは、適当なフランシスの声援が上がる。
「…着いた、ぞ…ばか…」
「ごっくろーさん」
目的地である店の前に自転車を止めて、ぜえはあと肩で息をする。サドルを下げて固定させた愛車にもたれかかれば、フランシスはちょっと待ってなと言い残して店の中に消えた。言われなくてもしばらく動けねーよと内心で毒づいて、乱れる呼吸を整えるのに専念する。
それから数十分の時間をおいて、フランシスは店の名前が印字されている白い箱を片手に戻ってきた。ついでに当然のように再びアーサーの自転車の後ろに乗るものだから、おい、と低い声で口を開く。
「何してんだ?」
「ええ? 次は俺んちまで送り届けるに決まってるでしょーが」
「ハア!? てめ、さっきの条件はこの店に来ることだろ!」
「言うことを聞くのが一つだなんてこともいってないだろー?」
「はああああああああっ? 冗談じゃねえ!」
「勝負を持ちかけて、負けた人は誰でしたっけー?」
「…ぐ」
返された言葉に当然二の句が告げるはずもなく。アーサーは文句を飲み込んで、代わりに唇を噛んだ。そんな自分の様子を見たフランシスは堪えるに笑うから、余計に苛立ちは増していく。なので乱暴に自転車に跨ってやれば、後ろから伸びてきた腕が腰に回されてきた。驚いて振りほどこうとするも、咄嗟に相手の手にあるスイーツの入った箱が眼についてしまい、動きを止めた。
「…何のつもりだ」
「アーサーの乱暴な運転に落とされないようにしてるだけ」
「うぜえしねむしろ落ちろ」
「ひどいねえ」
くすくすくす。耳許に寄せられたフランシスの唇から、ちいさく漏れる笑い声にカッと身体が熱くなる。すると、今度こそアーサーが本気で振り払おうとするのを見越したように、フランシスは更にきつく抱きついてきた。ついでにちゅ、とわざと音をたてて耳たぶに唇を押しつける。
「フラ…っ!?」
「早く帰って、お茶にしようぜ」
「するかボケェ!」
「はい、発進ー」
「人の話を聞けよ!!」
散々たるアーサーの反対意見は当然通ることはなく、フランシスの言われるままに彼の自宅へと自転車を走らせる結果になったのは、いうまでもない。
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アルとは違った雰囲気でぎゃあぎゃあ言わされるアーサー。笑
どっちにしても振り回される子!
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