「やあイギリス」
聞き慣れた声に呼び止められて、イギリスは振り返る。その際に嫌そうな顔を作ってしまうのは、もはや癖だ。昔は彼に呼ばれるのがとても好きだったはずなのになと、嘆息する。こんな風にイギリス、と呼ばれて振り返った先には、今よりずっと身長の低い子供が真っ直ぐに自分へと駆け寄ってくるのだ。そうして、転ぶぞ、なんて言いながらも顔の表情を緩めて、相手を抱き留めてやる。会う度に成長して、重くなっていく子供がいとおしかった。イギリス、と舌っ足らずな言葉が次第にはっきりと発音できるようになっていくのが嬉しかった。
なのに自分が知らないところで、子供は知らない成長もしていた。
大好きだと言っていた紅茶はコーヒーに変わり、小さかった背丈は自分を追い抜き、会えば口論ばかりの日々。
そうしたことが続いたある日、「それ」は唐突にやってきて、終わりを告げた。
「反抗期」なんてものではなく、子供が選んだ道は自分からの独立だった。
あの小さかったアメリカが自分の身長を追い抜いた時には、すでに決められたことだったのかもしれないと今になってイギリスは考えることはできるが、それでも。
あの日に起きたことをすんなりと受け入れられるほどの時間は、まだ経っていない。だから、こうしてつまらないところでその気持ちが行動として面に出てしまう。我ながら大人気ないなと胸中で舌打ちしつつも、振り返った動きが止まる。え、と口の中で呟いた。
「……アメリカ?」
「見ればわかるだろう? まさかボケたのかい?」
「誰がボケだ! ていうか、それ!」
びし、と「それ」と指摘したものを指さし示せば、アメリカは一度不思議そうにまばたきをし、「ああ」と声を上げた。そうして、これ見よがしに掛けていた眼鏡(それ)を外す。
「少し視力が落ちてさ、必要になったんだ」
「くだらないゲームばっかりしてるからじゃねえの?」
「くだらなくなんかないぞ!」
「あーそうかよ」
いつものくだらない口喧嘩に発展しそうな雰囲気を察して、イギリスは自分から会話を打ち切った。がしがしと乱暴に頭を掻くと、アメリカに背を向けて歩き出す。待てよイギリス、と小走りて追いかけ、隣に並ぶアメリカを見上げれば外されていた眼鏡は元の位置に掛けられていた。
「どうかしたかい?」
「……別に」
ふいにこちらを見やるアメリカから視線を逸らし、イギリスは小さく反論した。逸らした視線は足元を見つめ、ひどく胸の内がざわめくのを自覚する。その原因がアメリカの眼鏡にあるとわかっているだけに、イギリスは馬鹿じゃないのかと自分に言い聞かせる。けれど、一瞬でもアメリカが知らない人間に見えてしまったことの不快感が消えてくれない。
自分の元を去っていったあの日より、もっと遠くへ。手の届かない場所にいってしまうのではないかという不安。
独立をしたアメリカがどんな風に生きようが勝手だろうと言われればそれまでだが、どうしたって一緒に過ごした時間が消えてくれるわけではない。
(寂しい、だなんて)
胸中で独りごちて、頭を振る。それこそ、言えるはずのない言葉だ。
一方アメリカは俯くイギリスを横目に、まだなれない眼鏡のブリッジを指先で押し上げる。本当は、視力が悪くなんてなっていなかた。これを掛けたのは、少しでもイギリスに「弟」と見られないようにするため。こんなささやかな抵抗が果たして有効かどうかなんてわからないけれど、いつまでも「弟」ではいたくないから。
(なあ、イギリス)
早く、俺を認めてくれよ。
こんなにも近くにいるのに、ひどく遠く思えるこの距離感に少しだけ顔をしかめた。
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米がメガネ掛けた理由を妄想した結果、こうなりました。
伊達眼鏡でも本当に目が悪くてもいいなあ。
眼鏡MOEというより、眼鏡をかける過程にMOE
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