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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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天地小話

好感度が高い天地に高級チョコレートを渡すと断られるという衝撃を知ってカッとなった結果がごらんのありさまである。

バレンタインって今更っていうか時期的にはホワイトデーだよ!
とかいうつっこみはしてはいけないのである(`・ω・´)

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 来る2月14日は言わずもがなバレンタインデーである。
 あかりはいつものスクールバッグとは別に紙袋を用意していた。その中にはバレンタインデーというイベントにしっかり踊らされている証拠品が入っていた。中には何かあったときのための義理チョコに思い切って奮発した有名ショコラティエが作った高級チョコ。そして最後は手作りチョコだ。渡す相手は決めてある。が、どのチョコを渡すかは決めていない。本当は頑張って作った手作りチョコを渡したいところなのだが、如何せん去年の出来事がトラウマレベルで脳裏に焼き付いている。どちらかと言えば器用とは言い難い料理レベルではあったが、本当にここまでかと自分自身にがっかりしたものだ。なのでそれからは少しずつ成長出来るような料理レシピを千代美が調べて密の元で特訓し、落ち込みそうなときは竜子に叱咤激励され、有名お菓子食べ歩きマスター(自称)のはるひに合格点をもらえるレベルまで達したのだ。よくよく考えたら自分はなんて良い友人に恵まれているのだろうか。それらのことを思い出しながら感慨にふけっていれば、外からお姉ちゃーん! と自分を呼ぶ声で我に返った。お隣に住む小学生の男の子の声だ。あかりはスクールバッグと紙袋を手に、階段を駆け下りる。けれどやっぱりどちらを渡すかは決められなかった。


 ざわざわといつもより色々な意味で賑わう廊下を通り抜ける。目指すは二年生の教室だ。手には今朝持参した紙袋が握られていて、中には高級チョコと手作りチョコの二つがある。結局どちらを渡すか決めかねていて、どちらももってきてしまった。
 と、
「先輩!」
 背後掛けられた声に、思わずびくっとしてしまう。
「あ、天地くん…」
 探していたはずなのに、こうしてチョコを渡す本人を目の当たりにするとしり込みしてしまう。
「どうしたの? 二年の廊下なんかうろうろしちゃって」
「え、えと…ほら! 今日バレンタインでしょ? だから」
 いって、あかりは紙袋の中に手を入れた。指先が手作りのラッピングの方に触れて、けれどすぐに高級チョコを掴む。そのままお店の名前が印字されてきれいに包装された小箱を天地へと差し出す。彼がここのお菓子が好きなことはリサーチ済みだ。だから、やっぱり去年よりレベルアップしたとはいえ、去年のようにがっかりした彼の顔を想像したら気が引けてしまった。だったらおいしさが保障されているものをプレゼントし方が、相手も自分も満足するはずだ。
 そう、思ったのに、
「…………いらない」
 数秒の間の後、ぼそりと天地は言った。その言葉に数回瞬きを繰り返したあと、え、とあかりは呟いた。天地くん、と彼の名前を呼ぶ前に、彼は早々に身を翻してしまう。
「いらないから!」
 今度ははっきりとそう言い残して、天地は来た道を戻るように走っていってしまう。彼が遠くなっていくのをしばらく見送ったあと、あかりはあれ? と首を傾げる。おかしい。こんなはずじゃなかったのに。有名お菓子ブランドの名前が印字されたチョコを片手に、あかりは立ち尽くしてしまう。
「何してんの!」
 つと、背後から声が上がる。振り向く間もなく、がしっと右腕が取られる。
「は、はるひ?」
「アンタ、昨日必死こいて作ったチョコ、どないしたん!?」
「あるけど」
「なんでそれ持ってて違うチョコ渡してんの!?」
「え、だってやっぱり、わたしの手作りチョコより有名な方がいいと思って」
「ばか!」
 ぴしゃり、と強い口調で叱り飛ばされて、あかりは目の前がチカチカする。しかしそんなこちらの事情などお構いなしに、はるひは言葉を続ける。
「アタシのお墨付きやで! だからほら、追いかけんと!」
「え、え?」
「はやく!」
「はい!」
 殆ど勢いに乗せられるような形でもって、あかりは走り始めた。途中、氷上に遭遇して廊下は走らない! と怒られてしまうものの、ごめんなさい! とだけ応えて止まることは出来なかった。
 あまり身長差はないものの、さすが男の子というべきところか。天地の姿はすっかり見失ってしまった。階段の踊り場まで来て、あかりは三階と一階のどちらに行くか悩むと、制服のポケットに入れておいた携帯電話が震えた。
「『天地くんは校舎裏で見かけたわよ』」
 差出人である密からのメールを声に出して読み終わったのと同時、あかりは階段を駆け下りていった。


「天地くん!」
 はたして密の助言通り、人気のない校舎裏に彼はいた。天地はあかりを見て、明らかに不機嫌な顔をしてみせた。つり上がった目に、挫けそうになる。
「あの」
「いらないって言ったよね?」
「違うの」
「何が違うの?」
「本当は、その」
 言葉を途中で止めて、あかりは紙袋の中に手は差し込む。走ってきたせいでちょっとよれてしまったリボンで包まれた、手作りのチョコレート。ラッピングももちろんお手製だけれど、やっぱり有名店に比べればどうしたって安っぽい。
 でも。
 彼のためにと思って、作った。それだけは、そこだけは高級店に勝てるはずだ。
「本当は、こっちを渡したかったの」
 言って、あかりは手作りチョコを天地に差し出した。ら、予鈴の鐘が鳴った。午後の授業が始まってしまう。けれど天地もあかりも校舎に戻る気配を見せず、黙り込んだ。
 そして、
「……最初からそういえばいいじゃん」
 ぼそり。
 拗ねたように、彼は呟いた。
「だって、去年のが散々だったから」
「去年は去年、今年は今年」
「な、なにそれ!」
「いいからそれ、はやくチョーダイ?」
 両手を差出し、天使スマイル全開で天地が笑う。なにそれずるい、とあかりは思うものの、結局口には出せずに手作りチョコレートを彼に渡したのだった。

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