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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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新名小話

喧嘩して仲直りにちゅっちゅする新名とバンビを妄想したらご覧の有様である。


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 部屋の空気が、重く重く沈む。
 部屋には美奈子と新名の二人しかいなく、その二人が揃って黙り込んでは視線をそっぽに向けている。美奈子は向けた視線の先にある雑誌を何となく視界に納めながら、こんなつもりじゃなかったのにと内心でぼやく。そうだ。こんなつもりじゃなかった。今日は土曜日の昼下がり。はば学を卒業してから一流大学に進学した美奈子と、一つ年下で高校三年の新名は柔道部主将と同時に受験生でもあり、中々一緒に会える時間が作れずにいた。
 だから、久しぶりにゆっくりと二人で会える日が作れた今日は、どこにもいかずに一人暮らしを始めた美奈子の家でまったりお家デートを楽しむはずだった。――つい、さっきまで。
 お昼に差し掛かる時間帯に訪ねてきた新名と二人、お昼ご飯を食べて他愛もないお互いの近況報告を話し合っていただけのはずなのに、気がつけば言い合いに発展してしまい、気がついたときにはすでにケンカのレベルまで達してしまっていた。
 きっかけは、美奈子の些細な一言だ。
 受験生なんだからと成績を落とさないように気をつけないと、なんて。ちょっとだけお姉さんぶっていってしまったのが新名の癇に障ったのだ。
 彼が「年下」扱いに対して過敏に反応するとわかっていたはずだった。けれど言ってしまった言葉は戻らない。普段は美奈子の言葉には滅多に噛み付いてこない新名の目がすっと細められたのを見て、やばい、と思った。案の定新名から返された言葉は棘のあるもので、いつもの美奈子ならここですぐに謝罪の言葉を返せていたはずのに、どうしてか今日はこちらも素直になることは出来ずに言い返してしまったのが現在の状況を招いた。
 そっぽを向いたまま、美奈子は膝を抱えて顔を落とす。
 違うのに。また、内心でのみ言い訳を呟く。ただ、新名と一緒に同じ大学生活を送りたいから頑張れと伝えたいだけだったのに。けれど意地っ張りになったココロは素直な感情を言わせない。重い空気がさらに拍車を掛けて、息苦しい。
 つと、隣の新名が動く気配がわかった。咄嗟に顔を上げようとして、けれど出来ずにそのままでいる。すると新名は立ち上がって玄関の方に向かったかと思うと、そのまま部屋を出ていってしまった。バタン、とドアが閉まる音のあとに、新名の足音が遠のいていく。
 完全に新名の足音が聞こえなくなってから、じわりと涙が込み上げてきた。熱くなった瞼からはあっという間に涙が溢れ、ぼろぼろとみっともなく零れ落ちる。けれど美奈子は拭うことはせず、膝を抱えてただ泣き続けた。涙と一緒に零れそうになる嗚咽はなんとか堪えようとして、しかし堪え切れなかった部分が途切れ途切れに部屋に響いて更に美奈子を落ち込ませた。
 膝から太ももに涙が流れて、服に涙の染みが広がっていく。
 そうして泣くことに集中していると、再び玄関のドアが開く音が上がる。驚いた美奈子が咄嗟に顔を上げてしまうと、先ほど出ていった新名がそこにいた。泣いている美奈子の顔と正面から目が合ったせいか、一瞬ぎょっとした顔のあとに気まずそうに視線を逸らす。低く唸って、所在なげに目を泳がせる。数秒そうして立ち尽くしていると、意を決したように美奈子へと足を向けた。どさっと乱暴な仕草で彼女の前に座り込むと、いつの間にか手にしていたコンビニのビニール袋から二つに分けられるタイプのアイスを取り出して、割った。新名は顰め面のまま片方を美奈子に差出し、言う。
「……俺も言い過ぎた…から、これで仲直り」
「…に、…ぃな、っぅ、っ」
「ああもう、そんな泣くなって」
「だ、…だって、わた、し」
「わかってるから、ほら」
 言って、新名は差し出したアイスを横に置いて腕を広げる。しかし嫌々と駄々っ子のように首を振る美奈子の腕を掴み、強引に抱き締めに掛かる。美奈子は一瞬抵抗するように身を硬くするものの、新名に名前を呼ばれただけであっさりとほだされてしまった。
「……ごめん、なさい…」
「うん、俺も。ちょっと頭に血が上り過ぎた」
「わたし…、新名くんと…大学、一緒に行きたく、て…」
「わかってるから」
「で」
 も、と続く言葉は新名の唇に塞がれて言わせてもらえなかった。余韻のように頬を伝う涙を指先で拭ぐわれながら、新名は何度も何度もキスを繰り返した。舌と舌とを絡めるような深いものではなく、単純に唇同士をくっつけるだけの淡いキスに、今度は違う意味で涙が溢れてきた。
 泣き過ぎ、と苦笑混じりに新名は囁くと、再び唇を合わせてくる。
 結局美奈子が落ち着くまでキスをしてしまい、折角買ってきたアイスはすっかり溶けてしまったのは言うまでもない。

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