散々泣いて落ち着いたあかりが、一人で帰れるというのに頑として佐伯は家まで送ると言い張った。
いくら彼女が大丈夫と言っても、最終的には「お父さんの言うことを聞きなさい」とお父さん命令が下されてしまった。
泣きすぎて目が腫れぼったくなったからか、足元が覚束ないあかりを見かねたように佐伯は彼女の手を掴んで歩く。
「…あの、お父さん」
「ウルサイ」
口を開いたあかりを即座に切り捨てると、結局無言のままあかりの家の前まで来てしまった。
夕日は殆ど沈みかけていて、夕方から夜に片足がつっこんだ時間帯だ。街灯がちらほらと点き始めて、あかりの自宅の玄関先も明かりが灯されていた。
「あかり」
玄関まで2メートルほどの距離のところで、佐伯が名前を呼んだ。腫れた瞼を何とか持ち上げながら彼を見上げると、本日二度目のチョップが落とされる。威力はほんの少しだけ上がっていた。
「バイト、どうする?」
「え?」
「シフト変えるなら早めにしろよ。俺からじいちゃんに言っとくから」
「…出る! ちゃんと出るよ!」
「え?」
「だって、これ以上瑛くんに迷惑掛けられないもん」
「ばか、迷惑とかそんなわけないだろ」
「でも」
「迷惑とかじゃないから」
「わたしだって、平気だもん」
なおも言い募ろうとする佐伯の言葉を遮って、けれどすぐに苦笑するように目じりを下げた。続ける。
「…今日は、ちょっと平気じゃないけど」
「わかってるよ」
言って、佐伯は珍しくチョップではなくあかりの頭の上に手を置いた。ぽんぽんと二回弾ませる。
「…愚痴でもなんでも、言いたいことあったら電話してこい」
「うん」
「遅くなっても気にしないでいいから」
「…お父さん、今日は優しいね」
「俺はいつも優しいだろ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「……うん、そうだね」
ぼそりと呟くように言って、あかりは顔を上げた。まだ少し複雑な表情をしている佐伯になんとか笑みを見せて、じゃあね、と一歩下がる。
「送ってくれて、ありがと」
「…ああ」
軽く手を振って、あかりは家の中へ。
ぱたん、と玄関のドアを閉めたところで、落ち着いた涙が再びじわりと目じりに浮かんだ。あかりは慌ててローファーを脱ぐと、一気に階段を駆け上る。自分の部屋の中に辿りつくのと同時、先ほど浮かんだ涙が視界を滲ませた。佐伯に肩を借りて散々泣いたというのに、我ながら呆れてしまう。
けれど、
「…好き、だったのになあ」
ふいに思い出すのは、手ひどく自分を振った太郎の顔だ。泣きすぎたせいで、こめかみの辺りがずきずきと痛み始めていた。
それでも、彼と出会った一年前の卒業式を思い出す。
学校内で交わした何気ない会話や、たった一度のデートのこと。そうして最後には一番痛くてもっとも新しい記憶へと戻る。
この傷が完全に癒えるまではどれくらいの時間が掛かるだろうかと、あかりは静かに涙を流した。
[4回]
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