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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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琉夏小話

風邪ネタってもうすでに何回か書いてるんですが、ついつい書きたくなってしまうネタで困る…好きなんだよそのシチュエーションが…

そして懲りずに琉夏です。
コウちゃんか嵐さんが更新したいんだ…!

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「美奈子、風邪?」

 昼休み。
 珍しく教室でお昼を食べようとしていた美奈子のところへ、ふらりと幼馴染の片割れが現れた。校則違反の金髪をものともせずに登校してくる彼は、やっぱりお馴染みのピアスを揺らしながら神妙な顔つきをしている。
 そうして美奈子の前の席が空白なのをいいことにちゃっかりと椅子に座り込んだ。マスクの下で息苦しい唇が口を開きかけて、しかし結局噤んでしまう。代わりにブレザーのポケットに仕舞っていた携帯電話を取り出すと、かしかしと短い文章を打ち始める。琉夏はそんな彼女の一連の動作を不思議そうに眺めていた。
 するとさしたる時間もかけずに、美奈子は文章が打ち込まれたメール画面をそのまま琉夏に向ける。彼は向けられた携帯のディプレイを見て、それから美奈子へと視線を戻した。

「声、出ないの?」

 こくこくこく。
 文章を読んだ琉夏の問いに、美奈子は三回頷いた。そうして、少しだけずり落ちたマスクを引き上げる。
 何となく喉の調子が悪いなーと思ったのは週末の土曜日の夜のことだ。そして日曜日は大事を取って大人しくしていようと引き篭ったにも関わらず、月曜日の朝になったら今まで聞いたこともないようなしゃがれ声になっていた。おはようと両親に挨拶をした声は自分でもびっくりするほどで、しかし両親は驚いたあとに盛大に笑い飛ばしてくれたのだが。
 しかし喉以外は至って健康。熱もないしせきもくしゃみもないので、美奈子はマスクを装備して登校してきたのである。

「熱はない?」

 いって、ぺたりと琉夏は無造作に美奈子の額に手を当ててきた。そうして同じように自分の額にも手を当てて温度差を確認してる間、美奈子は再びかしかしとメールを打ち始める。熱はないから大丈夫、の 「だ」まで打ち掛けたところで、美奈子、と再び名前を呼ばれた。美奈子は呼ばれるままに顔を上げると、想像より近い位置に琉夏の顔があった。しかし声が出ないので制止の言葉を上げることもできずないまま、彼の顔はどんどん近く、迫ってくる。
 琉夏くん、と唇の動きだけで彼の名前を呼ぼうとするも、それも結局は出来ずに終わる。というのも、琉夏がマスク越しに美奈子の唇に自分のそれを重ねてきたからだ。
 一瞬、何をされているのか理解が追いつかない美奈子は、ただただ目を見開くばかり。けれどいくら大きく目を開いても、近すぎる距離にいる琉夏の顔がぼやけて見えるだけだ。けれどキスを仕掛けてきた本人はそらっとぼけた表情のまま、呑気に額同志をくっつけたりしている。
 クラスはお昼休みの喧噪で賑わっているし、美奈子の席が窓際の一番後ろというのが幸運だったのかもしれない。幸いにも目撃者はいなかったらしく、騒ぐクラスメイトの姿はない。しかし美奈子はマスク越し、しかもものの数秒とはいえ、しっかりと琉夏の唇の感触を感じてしまったので羞恥心が出血大サービスで大盛り上がり中だ。いつもならば真っ先に「琉夏くん!」と大声を上げていたかもしれないが、声が出ないことが不幸中の幸い。きっとそれをしてしまったら、目撃をされていないにしても、何かがあっただろうと注目をされるのは免れない。が、目の前の彼はにやりと意地悪く笑うと、ぼそりと美奈子にだけ聞こえる音量で呟いた。

「やっぱ、ちゃんとキスしたい」

 その言葉を聞いて、美奈子はさっきまで打ち書けていたメール画面の文章をすべて削除し、代わりに、

「ばか」

 とその一言だけを変換もせずに打ち込んだ。

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