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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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【ゆるぼリク】荒ハム

ハム子の名前は中原律子です。


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 着なれていたはずなのに着なれない制服に袖を通し、荒垣は鏡に映る自分を一瞥した。もう二度と着るつもりもなかったし、そもそも着ることになるとは想像もしていなかったから、余計だ。久しぶりの制服姿に「似合わない」と内心で毒づいたあと、即座に脱ごうとすればまるでそれを見越したようにドアがノックされた。
「荒垣センパーイ? 準備できましたー?」
 妙に弾んだ声を出す人物に、荒垣はますます眉間の皺を増やす。ブレザーを脱ぎかけた手を離し、諦めたようにため息を吐く。コンコン、と再び急かすようにノックされるドアに近づき、ドアノブを掴んだ。手首を捻って回し、押し開けたドアの隙間からはひょいと声の主が顔を覗かせる。
「おはようございます、先輩」
「……朝から騒がしいやつだな、おまえは」
「そんなことないですよ。あと、制服似合います」
「どこが」
「あ、新鮮って言った方がいいのかな」
「とりあえず、落ち着け」
「あいた」
 ぺし、と彼女の額に手刀を落とす。すると彼女――中原律子は額を押さえて、反論するように唇を突き出してきた。
「もう、何するんですか」
「朝から騒がしいおまえが悪いんだろうが」
「先輩が中々出てこないから、迎えにきてあげたのに」
「……それなんだけどよ」
 はあ、と荒垣は本日二度目のため息を吐いた。
「やっぱりな…」
「なしはなしです」
「先読みするんじゃねえよ」
「先輩の考えることなんてお見通しです。折角一緒に通えるようになったんですから、行きましょうよ」
「どうしてもか」
「どうしてもです」
 きっぱりと、真顔で律子は言った。その真っ直ぐな目には、さすがの荒垣も言葉を詰まらせる。いつもなら目深に被った帽子で視線を誤魔化すのだが、その帽子は今はクローゼットの中だ。帽子に触れようとした手は行き場を失い、最終的には律子の頭の上に置かれた。ぽんぽんと軽く弾ませてやれば、なぜか律子の顔が徐々に赤く染まっていく。
「何だ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですけど、先輩のそういう不意打ちは心臓に悪いです…」
「どれがだ?」
「……無自覚なら、いいです。慣れます」
「訳わかんねえ」
 律子の言い分に渋い顔で返しながら、荒垣は彼女の左腕の手首を掴んだ。そこに巻かれてある時計の時刻を確認すると、そろそろ寮を出ないとまずい時間だ。
「……仕方ねえ、行くか」
「はい」
 荒垣の言葉に、律子はさっきまでの渋面はなんだったのかと思うほど、満面の笑みを浮かべた。百面相かと咄嗟につっこもうとして、けれど言わずに飲み込む。というのも、こんな風に屈託なく笑う彼女が、確かに、間違いなく目の前にいるのだと、今さらのようにひどく安心している自分に気が付いたからだ。
 思い出すのは、数週間前に行われた卒業式のこと。何故か呼ばれたように学園の屋上に登れば、体育館ではちょうど卒業式が始まったらしかった。当然、在校生、卒業生ともに参加をしているため、校舎に人気はない。特に屋上になんて誰もいないはずなのそこに、彼女はいた。いくつか置かれたベンチの一つに座る姿を見つけて、荒垣は歩み寄る。声を掛けてみれば、嬉しそうに律子が笑ってくれた。荒垣は彼女の隣に腰を降ろすと同時、とん、と肩に彼女の頭が乗せられた。
 話したいこと、聞きたいことがあったはずなのに、何故か二人は一言も発せず、黙って空を見上げ続けた。流れる雲を追うでもなく眺めていれば、卒業生答辞の美鶴の声が耳に届いた。
「みんなも、来てくれるかな」
 唐突に、声。けれどその声音はひどく頼りなく、儚い。
 その彼女らしくない様子に荒垣は思わず彼女を抱き寄せれば、まるで眠りにつくように徐々に瞼が下がっていって。
 そうして「律子」と呼びかけた荒垣に対して、先輩と呼ぶ「せ」すら発することはなく。美鶴を始めとしたSEESのメンバーが屋上に現れたときには、彼女の意識は途絶えていた。
 そして、春休みが終わる三日前。絶望的だと思われた律子の意識は、奇跡的に回復したのだ。それはまさに奇跡としか言いようがなかったのだが、当人が目を覚ました一言目が「お腹空いた」だったので、病院内にも関わらずゆかりが叱りつけたのも無理からぬことだ。
「先輩?」
 急に押し黙った荒垣を訝うように、律子が声を掛ける。しかし荒垣は掴んだままの彼女の手首を引いて、自身も律子との距離を詰めた。もう片方の手を肩に回し、顔を寄せる。こつん、額同士を触れ合わせれば、囁くように訊く。
「…本当に、もう大丈夫なのか」
「それ、荒垣先輩が訊きます?」
 言って、律子は苦笑する。
 荒垣のブレザーに触れると、少しだけ引っ張った。続ける。
「本当に、もう大丈夫です」
「そうか」
「先輩も、怪我の具合は?」
「俺も平気だ」
「……はい、信じます。だから、先輩もわたしのこと、信じてください」
「そう、だな」
 律子の言葉に、荒垣は頷く。
 改めて近い距離にある相手の顔を見つめ、その唇に触れたい欲求が生まれる。荒垣は律子の頬に触れ、親指の腹で彼女の唇を撫でた。
「あの、先輩」
「なんだ」
「すごくいい雰囲気で、わたしとしても流されたいんですけど。遅刻しそうな上に順平たちが見てます」
「…………あ?」
 指摘された言葉に反応して、荒垣は顔を上げる。ばっと廊下の端へと視線を送れば、「りっちゃん!
しー!」ともはや何の意味もないことを喚く順平と、慌てて駆け下りていく数名の足跡が聞こえた。その足音の正体がゆかりと風花であるのは今さらである。
「……やっぱ、行かねえ」
「だめですよ。ほら、遅刻します」
「おまえなあ」
 まったくダメージを負っていないらしい律子は、ぐいぐいと強引に腕を引っ張る。そんな彼女に呆れながら、荒垣は本日三度目のため息を深く深く吐き出した。

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