バンビを年上にすると、琉夏のヤンデレスイッチが入りやすい件
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『戦利品』で勝ち取ったタバコを一本口にくわえると、ズボンのポケットに突っ込んだままのライターを取り出してタバコの先端に火を点けた。タバコの火が点いたのを見計らって少しだけ煙を吸い込むと、ちりちりと口の端が痛んだ。
先ほどのケンカで受けた傷なのは明白で、思わず琉夏は顔を顰める。右手の人差し指と中指とでタバコを挟み、ふうと紫煙を吐き出した。じいんと頭の奥が鈍くなるような感覚がして、コメカミの辺りを軽く押す。再びタバコを口元に戻してくわえると、じゃりと地面をする足音が聞こえた。琉夏はそちらに目を向けると、あ、と思わず口に出して呟く。その拍子にぽろりとくわえていたタバコが口から落ちて、あ、と地面に落下するそれを見やった。けれど地面に落ちてしまったタバコを再びくわえ直すことは躊躇って、やれやれとため息を吐くだけに終わる。吸い始めたばかりなのに勿体ないと胸中で呟いている間に、先ほどの足音の人物がこちらへと歩み寄ってきた。琉夏はしゃがんだまま視線だけを持ち上げると、静かに怒っている幼馴染の顔を見上げた。
「問題です」
咄嗟に怒鳴られることを想定して構えていたのだが、予想外に彼女は静かな声で話しを切り出した。とはいっても、その声音には十分怒りの感情が込められていたのだが、琉夏はあえてつっこまずに話の続きを待った。
「タバコを吸えるようになるのは、何歳からでしょう」
「お酒もタバコも二十歳から」
「今のルカちゃんはいくつですか?」
「ぴっちぴちの十四歳」
「怒るよ?」
「もう怒ってるくせに」
「ルカちゃん」
ぴしゃりと名前を呼ばれて窘められて、へらりと緩い笑みを浮かべた琉夏は立ち上がる。咎めるような視線にもめげずにその笑みを張り付かせていると、長い前髪をかき上げた。言う。
「だってさ、おまえがいない学校なんてつまんないよ」
「つまんないからってタバコ吸うの?」
「うん」
「嘘ばっかり。またケンカしたんでしょう」
「バレたか」
彼女の指摘をあっさりと認めて頷けば、幼馴染の目は更に剣呑に吊り上げる。さすがにこれ以上の悪ノリは危険だと察した琉夏は、少しだけ目を伏せた。口の端を舌先で舐めれば、そこから鉄の味が伝わったことに思わず眉根を寄せると、彼女が一歩こちらに歩み寄った。すでに中学を卒業してはばたき学園の制服を着た彼女は、ブレザーのポケットに手を入れると絆創膏を一枚取り出した。これは中学から、というより、琉夏と琥一がケンカを始めた時からの習慣になってしまっていた。一足早く中学を卒業しても、その習慣が彼女の中で継続されていることに琉夏は少しだけ嬉しくなる。
しかしこれを言おうものなら間違いなく追加でお小言が飛んでくるので、黙って絆創膏が張りやすいように身を屈めた。もう、とちいさく悪態を吐く彼女が、慣れた仕草で傷の上に絆創膏を貼り付けた。
「受験生なんだから、ちゃんと勉強しないと」
「うーん」
「悩まないの」
「だって同じ高校にいっても、やっぱりおまえは先に卒業しちゃうじゃんか。つうか、同い年のセイちゃんはずるい」
「もう、セイちゃんに八つ当たりしない」
「ちえ」
口を尖らせて拗ねたふりをすると、琉夏は屈めた身を起こして視線を逸らす。
身長はとっくに追い越したのに、年齢だけはいつまで経っても追い越せない。それは当然といえば当然なのだが、そのたったひとつの年齢差のせいで、彼女は幼馴染であると同時に琉夏の姉になってしまうのだ。琉夏の方は一度も姉だなんて、思ったことはないのに。
一年遅く生まれただけで異性に見られないのを理不尽に感じてしまうくらい、ささやかな反抗ではないだろうか。
まるで己の焦燥感とシンクロするように絆創膏を貼られた下の傷が、ちりちりと痛むのが鬱陶しい。
「なあ」
つと、琉夏は誤魔化すように口を開く。どうにか笑ってみせると、口元の傷が余計に痛んだ。
「禁煙するからさ、代わりにちゅーしてよ」
「ルカちゃん」
「はーい、ごめんなさい」
怒られて肩を竦めて、やっぱり顔は笑顔のままで。
それでも内心は、ひどく泣きたくなった。
[7回]
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