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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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琉夏小話

ぬるいですが暴力表現がありますので、苦手な方は注意。

琉夏ルートを攻略中ずっとこんな妄想を繰り返してはいたもののいざ形にしたら着地地点がわからないというご覧の有様である。


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 相手が罵声を浴びせるのと同時に拳が飛んできた。それを半身で避けて、すれ違い様に腹へと右拳を叩き込む。呻いて怯むその姿を一瞥し、素早く突き出した手を引っ込めると前のめりになった身体の後頭部へ肘鉄をかました。そのままぐん、と足に力を入れて踏み込み、すぐに振り返って構えれば、左側に蹴りが叩き込まれる。左腕でガードしたついでにその足を掴んで、すっと身体を屈ませるのと同時に足払いをかけてやれば、相手は面白いほど簡単にすっ転んだ。蛙のようにひっくり返った男の腹へと、踏みつけるように思い切り踵を下ろす。ぐえ、と呻く声が上がり、今度は横腹を思い切り蹴りつけてやる。琉夏は地面に這い蹲るようにして倒れた、二人の余多高男子生徒を改めて一瞥した。反撃してくるどこから、暫く立ち上がることはないだろう。
 乱れた前髪を鬱陶しげにかき上げると、琉夏は踵を返した。久しぶりに新顔に絡まれたと思ったが、新顔だからなのか随分と手応えがなかったことが返って腹立たしい。人気のない細くて薄暗い裏路地から顔を出すと、大通りの喧騒がやけに眩しく感じられた。ちょうどオレンジ色になった夕焼けがビルの間から覗いて見えて、その眩しさに思わず目を細めて俯いた。

(帰ろう)

 ぽつり、琉夏は独りごちる。

 帰ろう。
 帰らなきゃ。
 帰らないと。
 ――でも、どこに?

 ふいに、琉夏の中でそんな疑問が浮かんだ。どこになんてそんなの、あのおんぼろなWestBeachの他にない。
 かつて住んでいた北海道のあの家はもうなくて。家だけではなく、そこに住んでいた両親も、「桜井琉夏」になる前の自分も全部全部なくしてしまった。
 そうだ。帰る場所なんて、あの日からすでにどこにもないのだ。
 自分はたった一人で、ずっとずっと迷子のまま。
 それでいいと思っていたし、けれど同じくらい嫌だとも思っていた。が、そんな風に思っている自分に向き合う勇気もなくて、大人になるのを言い訳に胸の奥の奥に押し込めていた気持ちがどうしてか、今日は妙にうるさく琉夏をせっついてくる。
 うるさい黙れよと自分自身を罵ってみるものの、暗い気持ちは琉夏の隙を容易く見つけては弱い部分をちくりちくりと刺激してきた。琉夏はそれらから振り切るように一歩を踏み出すと、ぽん、と背中を叩かれて大げさ過ぎるほどの動作で振り返った。
 すると視線の先にいたのは、黒目がちの目をきょとんとさせた幼馴染の少女がこちらを見返していた。

「……美奈子」

 絞り出すように少女の名前を呼べば、彼女は心配そうに眉を寄せて琉夏に歩み寄る。琉夏くん、といつも通りに名前を呼ばれると、不思議と気持ちがラクになっていく気がした。

「何かあった?」
「そんなことない。ちょう元気」
「でも」
「しいていえば、美奈子分が足りない」
「…もう」

 いつものやり取りのように茶化して言えば彼女は少しだけ戸惑いつつも、けれどやっぱり誤魔化し切れないように琉夏を見つめてきた。そのまっすぐな視線に苦笑を返すと、琉夏は美奈子の手を取った。

「美奈子分が足りないのは本当」
「わたしがっていうことは、他にも何かあるの?」

 ぎくり。
 この幼馴染は普段はのほほんと能天気が専売特許のような顔をしているくせに、ここぞという時に鋭いから困る。けれど、それと同じくらい琉夏の扱いを心得てもいた。これ以上踏み込んで欲しくないラインには決して踏み込まない。だからといって、離れてもいかない。なんとも都合がいいとはわかっているが、その距離感に琉夏はひどく安心していた。だから、甘えてしまう。甘えれば、甘えさせてくれるのを知っているから、やっぱり質が悪いと琉夏は内心で自嘲した。

「じゃあ、ホットケーキ焼こうか」
「うちまでくるの?」
「うん。明日はお休みだら、遅くなっても平気だし」
「ついでに泊まってく?」
「泊まりません」
「ちえ」
「ほら、帰ろう」

 促されて、はっと我に返る。
 帰ろうと言われた言葉に、どうしようもなく泣きたくなった。さっきまでのぐるぐるとした気持ちは渦を巻いてはいるものの、こんな自分にも、まだ。帰る場所は用意されているのだろうかと言葉で確かめる代わりに、繋いだ手に少しだけ力を込めた。

「…帰ろう」

 同じ言葉を繰り返せば、真っ暗な感情が大人しくなっていくのがわかる。
 帰ろう。
 もう一度、胸中で繰り返す。
 向かう先はWestBeach。おんぼろで、隙間風や雨漏りがひどくても ――それでも、「我が家」で。

(あと、もう少しだけ)

 大丈夫。
 そう琉夏は自身に言い聞かせ、ようやく地面を踏んだ感触を感じた。

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