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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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年下バンビ(続きで終わり)

うっかり書いてみたら予想外に続いてしまいましたが、これで終わりです。
後日まとめてサイトにアップします。

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 目の前で閉じたWestBeachの扉を見て、琉夏は美奈子へ向けて振っていた手の動きを止めて、降ろした。ウオン、と高くSR400のエンジン音が鳴くと、低く唸り声を上げればあっという間に遠のいていった。
 しん、と沈黙が落ちた室内で、琉夏はまるで一人取り残されたような錯覚を覚えた。しかし、いや、と心の中で頭を振る。事実、自分は取り残されたのだ。あの雪の日。熱を出した琉夏を心配して急いで帰路に着いたはずの両親は、そのまま帰らぬ人となった。
 あの時、熱を出さなければきっと二人は死なずに済んだ。きっと今も北海道にあるちいさな家で、くだらない冗談を交わしながら笑っていたはずなのに、とそこまで考えて琉夏は息を吐き出した。最近はあまり思い出さないようにしていた、暗くて重い感情がのしかかってきているのを自覚する。ようやくうまく付き合えるようになってきたのに、こうして気を抜くとすぐに琉夏を飲み込もうとするから困りものだ。が、それでもいいかと自分自身に問う。もういっそ、この真っ黒な感情に身を任せてしまえば、わずらわしいことを考えなくて済む。それが一番ラクな方法だと、琉夏もわかっていた。そうして目を閉じたところで、ふいに呼ばれた気がした。

 ――ルカちゃん。

 それは先ほどまで一緒にいた幼馴染の少女の声だ。
 一つ年下の、黒目がちな目が印象的な、かわいいかわいい女の子。
 琉夏がこちらに引っ越してきてから琥一と一緒に兄妹として過ごしてきた。何をするのにも琥一と琉夏のあとをついて回り、時には無謀な行動に出て泣かせてしまった場面も多々あった。その度に琥一と懸命に彼女を慰めた記憶を思い出して、うっかり口元が緩んでしまう。そうして、再び緩んだ口元を親指の腹でなぞり、引き結んだ。
 かわいい妹のはずだった。
 妹として、接してきたはずだった。
 しかしいつの頃からか、琉夏の目には無意識に彼女を「女」として見ることが多くなっていた。
 はっきりと自覚したのは、中学の卒業式の日だ。すでにその頃から素行がよろしくなった琉夏は、兄と一緒に式をさぼろうと屋上に続く階段の途中で、先客の存在に気がついた。見回りの教師でもいるのだろうかと息を顰めて様子を窺えば、どうやら教師ではなく自分と同じ生徒だというのがわかった。琉夏は身を低くしたままそろそろと近づいていき、生徒の声に意識を集中させる。どうやら二人の生徒がいるらしく、しかも雰囲気からしてまさに告白の真っ只中。琉夏は野次馬根性で事の成り行きを見守っていれば、ごめんなさい、と返した女子生徒の声で思わず顔と声を出し掛けた。
 その声は、間違いなく幼馴染の美奈子の声だった。
 それから「妹」と「異性」の狭間の揺れは激しくなり、高校入学と同時に家を出たことで結果として距離を取ることには成功した。高校生と中学生では時間のサイクルも異なるので、彼女と会う機会は格段に減ったことに、少しだけ油断していた。
 一週間前、琉夏は何とはなしに彼女の家に寄ってしまったのがそもそもの原因だろう。
 すでに勝手知ったる家の玄関に上がり、自分の家と同じくらい馴染んでしまった階段を上る。そうして彼女の部屋のドアを開けてみれば、真剣にDVDと睨み合う後ろ姿を見つけた。
 最近カットしたばかりなのか、いつもの肩口で揃えた髪先が少しだけ短く感じられた。髪の隙間から覗く白い首筋に釘付けになると、琉夏は吸い寄せられるように部屋に足を踏み入れ、美奈子を後ろから抱き締めるようにしていた。
 それからはちょっとしたいたずらのつもりがエスカレートしてしまったわけなのだが、もはやあの時点で琉夏の中で美奈子は「妹」ではなくなっていたのだ。
 自分の手で反応する美奈子を、素直にかわいいと思った。
 しかし唐突に泣き出した彼女の姿に我に返り、遅い後悔に襲われた。
 何してんだ、俺。
 そう自分自身を罵って、冷静になれるまで彼女に近づかないと決めていたのにどうしてか、相手の方がこちらにやってきてしまった。
 そうして美奈子の顔をみた途端、簡単に外れた理性のタガにも呆れた。
 結果として未遂で済んだけれど、セーフかアウトかと問われれば完全にアウトだ。

「…バカじゃねえの」

 口に出して、呟く。
 その声は誰もいないWestBeachに空しく響いて、消えた。

 *

 あえから一ヶ月ほどが経った。
 美奈子からの連絡はないし、琉夏からも彼女の近づくのはおろか、家にすら行かなくなった。
 それは当然といえば当然だ。あんなことをしておいて、どのツラを下げて会えばいいのか。さすがの美奈子も普通に接することはできないだろうと、琉夏はバイト帰りのだるい身体を引きずって WestBeachに辿り着いた。室内の電気は点いているので、琥一が先に帰ってきたのかとあたりをつける。しかしSR400の姿がないことに気がついて、コンビニにでも行ってるのかと考えながらドアを開く。ぎい、といかにも錆びた音を起てると、

「ルカちゃん」

 WestBeach内にあるダイナー部分のテーブルの一つに、彼女は座っていた。
 琉夏は入り口で立ち竦んでいると、美奈子が立ち上がった。そして、琉夏の元へ来ようとしているのがわかって、慌てて動きを制するように手を出した。

「俺に近づいたらどうなるか、もうわかっただろ」
「でも」

 制する琉夏の手に素直に従って、美奈子はその場で足を止めた。今日は制服姿ではなく私服なので、一度家に帰ったのかなんてどうでもいいことに思考を飛ばす。
 その間にも美奈子は困ったような表情になり、琉夏を見ようとして、けれどできずにあちらこちらへと視線を泳がしていた。そして、結局足元に視線が落ち着いたらしい。

「わたし、ルカちゃんが好きだよ」

 ぽつんと、美奈子が言った。
 その言葉に、うっかり浮かれそうになる自分を自覚して、しかし琉夏は慌てて押し留める。美奈子に気づかれないように呼吸を整えていると、俯いた彼女が顔を上げた。じっと見つめてくる黒目がちの目は、気を抜けば泣いてしまいそうな気がした。そして、多分それは間違いではないのだろう。まるで泣くのを堪えるように、美奈子は洋服の裾をぎゅっと握りしめていた。それは彼女が何かを我慢するときのクセだ。

「…えっちでずるくても、わたしはルカちゃんが好き」
「オニイチャンがいいなら、コウを選べよ」

 わざと冷たい声で、突き放すように言う。するとさすがに美奈子も怯んだらしい。大きく揺れる目に罪悪感が胸に刺さる。ずきずきずき、と鈍い痛みが琉夏を襲う。しんと落ちた沈黙も、その痛みに拍車を掛けてくれるから困る。

「お兄ちゃんなんかじゃなくて、わたしはルカちゃんが好きなの」

 つと、沈黙を破るように、美奈子が言った。
 重ねて告げられた言葉に、琉夏の方も泣きそうになる。
 咄嗟にどうしてと、内心で誰にともなく疑問を投げかけていた。どうしてあんなひどいことをしたのに、美奈子は自分を好きでいてくれるのか。どうして自分の欲しい言葉を言ってくれるのか。
 どうして、神様はこんな俺に、まだチャンスを与えてくれるのだろう。
 ふいに思い出すのは、幼い頃に両親といった教会の光景。ステンドグラスから零れる光がきれいで、そして今は、そのステンドグラスの光の中に両親の顔が重ねられた。微笑う両親の顔に、ぐらりと琉夏の思考が揺らぐ。いいのだろうか。許されるのだろうか。こんなにもずるくてチキンな俺は、まだこの子に触れる資格はあるのかと、琉夏は今日始めて美奈子の視線を正面から受け止める。彼女は、薄い涙の膜が目の表面に浮かばせ、けれど一生懸命に琉夏を見つめていた。

「……えっちなオニイチャンが好きなんて、美奈子も相当えっちだな」
「ちがっ」
「冗談。ほら」

 何とか軽口を叩いて、琉夏は両手を広げて見せた。そんな彼の仕草に、え、と美奈子が固まった表情にいたずらっぽく笑い返して、言う。

「おいで?」
「……えっちなこと、しない?」
「する」
「もう!」

 いつもの口癖で一喝して、けれど美奈子は素直に琉夏の腕の中へと飛び込んできた。
 琉夏は改めてそのちいさな身体を受け止めて、閉じ込めるように抱き締めた。
 まだまだ自分の中で消化しなければいけない問題は山積みだ。一つ一つと向き合って乗り越えるのにはそれなりの時間が掛かるだろう。けれど、

(一番最初にしないといけないことは、決まってる)

 琉夏は胸中で自分に言い聞かせ、美奈子、と妹だった幼馴染の名前を呼んだ。

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