ただの書き逃げでござる
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すっかり寝る支度を整えた律子は、何とはなしにカーテンを開いて窓を開けた。いつの間にか残暑の気配は過ぎ去り、すっかり季節は秋だ。ついこの間まで暑い暑いと騒いでいたのが嘘みたいだ。
律子は開けた窓から空を見上げる。夜空には点々と星が瞬き、金色の月が浮かんでいた。殆ど満月に近い月を目の当たりにして、ぶるりと身体が震える。嫌な月だと、律子は内心でぼやく。満月時に必ずやってくる大型シャドウとまた違った、嫌な予感がしてならなかった。何かと問われたらわからない。ただ、漠然とした嫌な気配が、じりじりと這うようにやってきているとしか例えようがなかった。ぞわぞわざわざわする心臓が落ち着かなくて、こわい。
コンコンとドアがノックされる音に、律子ははっと我に返った。はい、と返事をすると、俺だと男の声が返ってきた。その声が聞こえた途端、律子は窓枠から手を放してドアへと駆け寄った。掛けた鍵を外してドアノブを捻ると、声の主が立っていた。
「おまえ、まだ起きてたのか」
「もう寝ようと思ってたところです。センパイこそ、こんな時間にくるなんて夜這いしにきてくれたんですか?」
「ばっ、おま!」
「夜中ですが、お静かに」
にっこり笑って荒垣を中に促すと、荒垣は小さく舌打ちをしながらも律子の指示に従った。再びドアを締めて鍵を掛けると、後から荒垣の手が伸びてきて、抱きすくめられる。首筋に荒垣の顔が埋められると、彼の吐息が掛かって少しだけくすぐったかった。
「本当に夜這いにきてくれたんですか?」
「…まあ、な」
律子の言葉に、荒垣は苦笑したようだった。肩口に唇が押し当てられるのがわかって、律子の鼓動が早くなる。
「先輩、窓、締めたいです」
「空いてんのか?」
「さっき、ちょっと開けてて」
そう律子が言うと、荒垣の手がするりと離れていった。――瞬間、先程の嫌な気配が何十倍にも膨れ上がったような勢いで襲いかかってきた。律子は慌てて振り返り、窓枠へと歩いていく荒垣の後姿を追いかける。そうして縋るように彼の背中へ手を伸ばし、抱きついた。ぎゅうと強く強く抱きつくと、どうしたと荒垣が短く問う。
「先輩」
「なんだ」
「好きです。先輩のこと大好きです」
「…おまえな」
何度も好きを繰り返し、けれど「居なくならないで」とはどうしても言えなかった。
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