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イチジ九

すべからくどうしようもない日常のあれこれ。 ネタバレ盛り沢山ですので注意!

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西ロマ

これの続き。


「というわけなんやけど、どう思う?」
「…どう思うもなにも」

 ないでしょーが、と。その言葉は最後まで言うことはせずに、フランスは半眼で長い付き合いの悪友を見やった。だがその悪友はこちらの視線に気付くこともなくテーブルに肘をつき、両手で顎を支えてため息を吐いている。だめだ。コイツ本気でわかってない。むしろため息を吐きたいのはお兄さんの方だよ。そう胸中で呟き、フランスは手元にあるアルコールの入ったグラスを持ち上げた。久しぶりに相談があるだなんていってくるから、面白半分でやってくれば単なる惚気話を聞かされるはめになるとは思わなかった。それでもフランスはワインを一口飲み、あー、と適当な相づちを打ちながらスペインに訊いてみる。

「おまえ、本気でわかんないの?」
「わかんないからおまえに相談してるんやないか」
「…ですよねー」
「ロマーノが癇癪起こすのはいつものことやけど、今回はちょっと違うねん。徹底的に俺と顔合わさんようにしとるし、飯の時間になっても顔出さへん。勝手に自分で何か食ってるみたねんけど、ここまで避けられたことはないんやで?」
「おまえの鈍感さって、ここまでくるといっそ清々しいわー」
「はあ? 今は俺の話やのうて、ロマーノの話やろ」

 ぐっと身を乗り出し、少しだけ怒ったような様子のスペインにフランスは苦笑を返す。以前も同じような悩み相談を受けたことはあったが、今回は少しばかり勝手が違う。スペインが鈍感なのは同じだが、相手の坊ちゃんの心境はあからさまに変わっているのは明白だった。

(さてどうしようかね、この困ったさんは)

 まあ困ったさんは目の前の相手だけではないけれど、と付け加えて、フランスは緩くグラスの中のワインを揺らす。赤い液体を眺めつつ、未だうんうんと唸りながら頭を抱えるスペインへ何気なくフランスは訪ねてみた。

「おまえはさ、ロマーノのことどう思ってんの?」
「どうって?」
「そのまんまの意味」
「いきなり訊かれても…大事な子分だと思ってんで?」
「ふうん。でもさ、いつまでもロマーノだって子分のままじゃないでしょ。おまえんとこにきてから大分経つし、そろそろ独立する頃合いなのかもな」
「はあ!? 何いうとんの! ロマーノが独立なんてまだまだ早いわあ!」
「そうか? 案外、子供だって思ってんのはお前だけかもよ」
「そんなことないやろ」
「本当にただの子供なら、自分から口へのベーゼなんてしてくるかねえ」
「……あれは、ただのイタズラで」
「スペインさー」

 コンコン、とフランスは指先でテーブルをノックするように数回叩いた。スペインの言い分はもっともに聞こえる。だが、それでも少しだけ、鈍感という言葉で片付けるには浅はかな気がしてきた。
 スペインはどこか居心地が悪そうに視線を逸らすけれど、それには構わずに言葉を続ける。

「本当は気付いてるんじゃないの? ロマーノの気持ちも、自分の気持ちも」
「何、を」
「鈍感で気がつかないふりしててもいいけど、そうしてる間に全部手の届かないところに行ったらどうにもならないんじゃない?」
「フランス」
「ちょっとばっかし、お兄さんからの忠告。今日は優しいフランス様が奢ってやるから、さっさと家帰ってロマーノちゃんと仲直りしてこいよ」

 じゃあなと一方的に話を終わらせたフランスは、伝票を片手に席を立ち、ひらひらと手を振り去っていく。遠ざかっていく揺れる金髪を長めながら、一人取り残されたスペインは飲みかけのビールを一気に飲み干した。先ほどまでほろ酔いの気分だったのが、フランスの言葉で酔いが覚めてしまった。それでもアルコールはしっかりと身体に残っていて、揺れる身体に付き合いながらふらふらとしたあしどりで店を出ると、家路への道のりを歩いていく。まだまだ夜遅くまで開店されている店から聞こえる笑い声を遠くに聞きながら、スペインはぼんやりと夜空を見上げながらてくてくと歩く。今夜はきらきらと光る星達はなりを潜め、どんよりとした夜空が広がっていた。まるで今の自分のようだなとスペインは自嘲に近い笑みを浮かべると同時、先ほど言われたフランスの言葉と、先日のロマーノの行動が交互にリピート再生されていた。

「…俺の気持ちとか、言われてもなあ」

 ぽつり。声に出して呟いてみると、まるでタイミングを見計らったかのように、ぽつん、とスペインの鼻のの頭に雨粒が落ちた。するとあっという間にざああああ、と雨が降り始めた。だが、スペインは焦って走り出すことはせず、同じ速度で歩みを進める。
 できたばかりの水溜まりの上を歩けば、ぱしゃん、とちいさく水が跳ねた。




「……」

 唐突に降ってきた雨の音に、ロマーノはベッドから起き上がってカーテンを開けた。真っ暗な夜空は何だかこわくて、思わずぶるりと震える身体へ胸中で叱咤した。

「まだ帰ってこないのかよ、ばかスペイン」

 ベッドに潜り込んではいたが、ずっと眠れずにいた。
 数日前に自分からキスを仕掛けてからどんな態度をしていいかわからず、あれ以来ロマーノはスペインを避け続けていた。スペインが何か言いたそうにしているのは当然わかってはいたが、ここまで自分から逃げてしまうと、すでに引き戻せないとこまできているというもので。
 それでも数時間前にスペインが出掛けていったのを窓越しに見ていていて、その時の彼が手ぶらで出掛けていったのをロマーノは思い出した。こんな土砂降りな雨でも中々帰ってこないことに一抹の不安が過ぎる。このまま帰ってこないのではないかという思考を無理矢理追い出して、毛布をはねのた。

(い、一応! 世話をやかせてやってる身としてはそれなりに心配してやらないでもないだけだ!)

 そうロマーノは、誰に対しての言い訳なのかわからないことをぶつぶつと独りごちて、ベッドから降りた。パジャマの上に適当な上着を羽織ってから部屋を出れば、すでに館の人間は寝静まり、しん、とした気配が広がるの廊下に「こ、怖くなんかねーぞこのやろー」と言い、ペタペタと一人分の足音を響かせながら玄関へと向かう。
 ぎい、と重く軋んだ音を上げてドアを開けると、一際雨の音が大きくなる。ロマーノの手には自分の分とスペインの傘があった。
 キョロキョロと周囲を巡らした後、前方に向けて目を凝らす。だが、どれだけ目を細めてみても、スペインの姿は見当たらない。
 ロマーノは唇を引き結び、自分の分の傘を広げると雨が降り続ける外へ一歩を踏み出した。





「今更やけど、こない濡らしもうてどないしよ」

 衰える様子を見せない雨足ににぼやいて、スペインは濡れて張り付いた前髪をかきあげる。
 館までの距離が後少しとなったところで、ふいにスペインは我に帰った。それはロマーノがいるからに他ならないことは、さすがのスペインもわかっていた。
 あの子供を引きとってから、それこそ数えきれないほどのケンカをしてきた。スペインの家の言葉を中々覚えようとしなかったり、言い付けた仕事をさぼったり。それこそもっとたわいもない、些細なことが原因のケンカもしてきた。それでも、気がつけばお互いに自然と仲直りをしてきたというのに。

「…ロマーノ」

 フランスの言った「独立」という単語が脳裏を過ぎる。わかっている。いつかは彼と弟が一つのイタリアとして戻る日がくることは。そうしてその日がきたら、自分は、

「スペイン!」

 ふいに、自分を呼ぶ声が聞こえた。続いて、激しい雨音とは別にばしゃばしゃと水音を上げて、ちいさな身体の子供が――ロマーノが、こちらに駆け寄ってくるところだった。

「ロマーノ…?」
「てめえこんなずぶ濡れで何してんだ!」
「ロマーノこそ何してるん?」
「おまえが帰ってくんのが遅えから迎えにきてやったんだろーが!」

 ほら受け取れ! と突き付けられた傘を言われるままに受け取り、けれど差すことはせずにスペインは呆然とした様子でロマーノを見下ろす。
 そんな相手の態度に、さすがのロマーノも反応に困ってしまった。うろうろと視線を動かし、とりあえず自分の傘を精一杯腕を伸ばしてスペインの頭上へと掲げる。

「……」
「……」
「……腕が痛えぞ、あほスペイン」

 ばしゃん!
 一際高い水音を上げ、スペインは膝を着いてロマーノを抱きしめた。その拍子にロマーノの手から傘が離れ、後方へと転がっていく。あっという間にロマーノも濡れ鼠となってしまい、文句を言おうと口を開きかけたが、「ロマーノ」と。ひどく弱々しいスペインの声に何も言えなくなってしまう。

「すまんなあ、こんな情けない親分で」
「…そんなの、知ってる」
「こんな俺でも、ロマーノはええの?」
「……なに」
「これから先、もっと大きなって後悔さしたくないんや」
「後悔するって、勝手に決めつけんな!」

 叫んで、ロマーノは思い切りスペインを突き飛ばした。完全に油断をしていたスペインは突き飛ばされて、地面に腰をついた。
 それでもなお、言葉を続けようとすれスペインを無視し、ロマーノが言う。

「お、俺がおまえのこと好きなんだよ! 格好いいだとか悪いとか関係ねえんだよ! つうかスペインが格好悪いなんて今更だし、それでも好きなんだっつーの! 悪いか!?」

 ぜえはあと一気に吐き出して、ロマーノは肩で息をする。その後にスペインのバカヤロー! と盛大に泣きはじめた。わんわんと大声で泣く姿を見るのは久しぶりで、スペインは思わず吹き出してしまう。

「笑うな!」
「ごめんなあ」
「軽い!」
「いやもう…ほんまにロマーノはかわええなあ」
「うっせーばか! 離せ触るなあっちいけ!」
「それはちょっと無理やわー」

 ぎゅうとロマーノを腕の中に抱きしめて、スペインは微笑う。じたばたと抵抗するロマーノをものともせず、スペイン。

「なあロマーノ」
「なんだよ!」
「おまえのこと、好きでいてもええ?」
「は…っ?」
「ロマーノが今よりうんと成長して、じいちゃんになってもずーっと好きでいてもええか、て。なあ?」
「……ばかじゃねえの」
「うん、だから突き放すなら今の内やで」
「だから、ばかだっつーんだよ!」
「いたあ!」

 ごす! と思い切り頭突きをお見舞いされてしまい、スペインは悲鳴を上げる。しかしロマーノはスペインの頭を掴み、頭突きでつけた額と額をくっつけた状態の至近距離でスペインを睨みつけた。

「先に好きったのは俺だってこと忘れんな!」
「…せやな」

 ロマーノの返答にスペインが泣き笑いような表情を浮かべると、ひょいと彼を抱き上げた。
 珍しく彼から文句は降ってこず、代わりにしっかりと首に腕が回される。
 スペインはいつの間にか止んでいた雨に気がついて夜空を見上げれば、きらきらと星空が瞬いていた。

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