親友新名を幸せにし隊。
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三月一日。卒業式。
つい一年前に送り出された校舎の前に、美奈子はいた。
胸に花を飾り、卒業証書を手にした生徒たちがそれぞれの表情を浮かべて校門をくぐっていくのを見やりながら、当時の自分を振り返る。過ごした高校生活の 三分の一の年月しか過ぎていないのに随分と懐かしく感じるのは、制服を着なくなったからだろうか。美奈子は泣きじゃくる女の子を慰めながら校門を出ていく 三人組の女生徒の姿を目線だけで追いかける。そうして親友二人の顔を思い浮かべて、あとで連絡しようなどと考えているところへ、声が掛けられた。
「美奈子ちゃん」
名前を呼ばれた方へと顔を向ければ、他の生徒と同じように胸に花を飾った新名が笑ってこちらに駆け寄ってくるところだった。その笑顔に、どき、と心臓が 鳴る。
「卒業おめでと」
「あんがと」
言って、新名は美奈子の手を取った。重ねられた手の感触を確かめるように握り返すと、新名は目を細めてこちらを見つめてくるものだから心臓が再び騒ぎ出 す。彼と恋人同士になってから今日で一年目だというのに、未だにこうした不意打ちの表情には慣れない。
美奈子は誤魔化すように視線を泳がせて、彼の背後にある校舎へと視線を向けて、
「ね、友達とかと一緒にいなくていいの?」
「ああ、さっき散々構われたから」
「でも、今日で最後なんだし」
「いーのいーの、それよりオレはアンタといる方が重要」
「…そう、なの?」
「そうなの。で、ちょっと付き合って」
そういって、彼は美奈子の手を引いて歩き出す。すると彼は先程出てきた校門をもう一度くぐってしまう。一年ぶりの校舎内の風景は当然のことながら劇的な 変化はなく、美奈子は素直に懐かしんでしまう。けれどやっぱり私服姿の自分は浮いていて、気恥ずかしくなった。旬平くん、と少し先を歩く後姿に呼びかける も、彼は曖昧な反応を返すだけだった。
「なんか、我ながら女々しいかなとは思うんだけど」
ふいに新名の足が止まった先は、校舎と同じく変わらずに佇む教会の前だった。その教会の周辺にはピンク色のサクラソウが所狭しと咲いている。
晴れた陽の光を浴びて、ステンドグラスの窓がきらきらと輝いているように見えた。
「この教会の伝説、知ってるだろ?」
「……うん」
問われて、美奈子は頷く。
一年前、この教会で美奈子は一人の男子生徒から想いを想い告げられていた。けれど最終的に美奈子が選んだのは、当時親友として傍にいた新名だった。
想い人からの告白はうれしかったはずなのに、どうしてか美奈子の口から出たのは謝罪の言葉で。傷付けた相手の後姿を見送ったあと、一人校舎の中を歩いて いたところへ新名が現れのだ。
そうしてずっと隠していたという本心を告げられ、今の二人がいた。
新名が教会のドアノブに手を掛けて、押す。すると、まるで二人を招きいれるかのように扉が開いた。やはり一年前と同じ、変わらない景色に自然と美奈子の 瞼に熱が集まり始める。
「アンタがオレのものになってくれたのはわかってるんだけど、もう一回ここで言おうと思ってたんだ」
「旬平くん」
名前を呼んだ声が上擦る。見上げた視線の先にいる新名は優しくわらって、美奈子を抱きしめてきた。左手が腰に回り、右手のひらが髪を撫でる。そうして彼 の肩口に顔を埋めるような体勢なると、新名の唇が耳に寄せられた。
「好きだよ。ずっとずっとアンタだけが好きだ。だから、これからもオレの傍にいて」
「……うん」
頷いて、新名の背中に手を回した。ぎゅっと抱きつくようにすれば、もう一度「好きだ」と告げられた。嬉しくて、瞼に集まった熱は堪らずに溢れだし、頬を 伝う。
「好きだよ」
泣き声にひっくり返りそうになりながらも、美奈子も同じ言葉を返す。好き。大好き。と何度も告げれば、新名の額が肩口に押し付けられた。
「…幸せ過ぎてやばい」
「わたしも」
泣き顔をどうにか笑顔に変えて、二人で笑い合う。
そうしてどちらともなく唇を重ねれば、まるでまだ見ぬ未来への気の早い予行練習のようだと思った。
[4回]
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