ちょい書けない病気味。
いつも以上にオチが行方不明でござる。
--------------------
早起きは三文の得。
そんな諺があるのは何となく知ってはいたけれど、そもそも早起きが苦手な琉夏にとっては関わりのないことだと思っていた。なので、彼が遅刻せずに登校するのは稀であった。たまたま目が覚めただけという何とも言えない理由ではあるけれど、その気まぐれのお陰で彼は今、「三文 の得」を得ていた。正確に言えばお金ではないが、琉夏は歩くスピードを早めて少し先を歩く見慣れた少女の背中を追いかけた。目を細めて、じっとその後姿を 見つめる。本日から衣替えのためブレザーは脱いで、シャツだけを羽織った背中にはうっすらとした色が浮かんでいた。
手を伸ばせば届く距離まで、琉夏は近づいた。相手はまだ気付かない。
なので琉夏はもう一歩大きく踏み込み、相手の名前を呼びながら肩口に手を伸ばす。そうして、そのまま抱きしめるように腕を回せば、驚いた幼なじみが悲鳴 をあげた。
「きゃっ!」
「おはよ」
「る、流夏くんなにいきなり!」
抱きしめたままで朝の挨拶をすると、相手は首を捻ってこちらを振り返る。しかし琉夏は抱きしめている手を放さず、彼女の耳元に内緒話をするように告げ た。
「水色」
「え?」
「俺は好きな色なんだけど、一般公開はNGかな」
「なにいって……」
琉夏の言葉に一瞬怪訝な様子を見せるものの、数秒の間を置いてから「あ!」と気が付いたらしい声を上げる。ばっと前を向いて顔を俯かせると、再び琉夏を 振り返る。赤くなった顔に戸惑いの色も乗せた表情で、美奈子は訊いた。
「み、見えてる?」
「うん、バッチリ」
「今日、その、キャミソール忘れて!」
「落ち着こう、美奈子。大丈夫、ヒーローが守るから。とりあえず俺のシャツ羽織っとく?」
「だめ! 流夏くんこその下なにも着てないじゃない!」
「うーん、じゃあどうするか」
美奈子にひっついた状態のまま、琉夏は思案する。普段ならばもう! と一蹴されているところだが、相手はかなり動揺しているらしい。この際だから抱き心 地も堪能しておこうなんて邪な考えはおくびにも出さず、琉夏は真剣な表情を作って見せる。
と、ふいに前方の方から顔を見知りの姿を見つけて、琉夏はわらった。呟く。
「…カモ発見」
「カモ?」
琉夏は美奈子に抱きついたまま歩き始めれば、自然と押される形なるので美奈子も足を動かして進んでいく。
そうしてお互いに相手の距離が視認できる距離になって、琉夏は「カモ」の名前を呼んだ。
「ニーナ」
「あれ? 流夏さんに美奈子ちゃん、おはよ……つか、何してんの?」
怪訝な顔で琉夏と美奈子を交互に見やる新名の問いには華麗にスルーし、琉夏はにっこりわらって言った。
「うん、オハヨ。でさ、相談なんだけど、脱いで」
「は?」
「ベスト、ちょうだい。美奈子が着るから」
「は?」
「ちょ、流夏くん!?」
「…えっと、流夏さんがベスト着たいんすか?」
「俺じゃなくて美奈子が着るの」
「美奈子ちゃんが? なんで?」
「知らなくていいよ」
「…なんでオレ、カツ上げされてる上に脅されてんの?」
「あの、新名くんごめんね? 何でもないから気にしないで」
「だめだって」
「流夏くんの言い方のほうがだめ」
「なんかオレ、痴話喧嘩に巻き込まれちゃってる系?」
「ち、痴話喧嘩とかじゃなくて!」
琉夏と新名の間に挟まれるような体勢の美奈子は、二人の顔を交互に見やってから、結局視線を俯かせた。ええとと口の中で言いよどみ、ちらりと新名の顔を 伺う。他にも登校途中の生徒が通り過ぎる度に言いにくそうにしながらも、美奈子はぽそりと告げた。
「……下着が、その…透けてて」
「あーなるほど」
美奈子の言葉と、その背後に抱きついている琉夏の視線で納得したらしい。美奈子からは見えないからなのか、琉夏の表情は笑っているものの目だけが笑って いない。触らぬ神にたたり無し。新名は本能的にそれを察して、さっさと着てるベストを脱いだ。
「最初っからそういってくれればいいのに」
「ごめんね、新名くん。明日には返すから」
「了解。お礼期待してる」
「うん、任せて。ありがと」
じゃあね、と手を振り去っていく新名の後姿を見送り、美奈子は早速借りたベストに袖を通した。男子用なのでサイズが大きいのはご愛敬だ。
「よし、これいいカンペキ」
「……うーん」
「なに? まだ何か必要」
「とりあえず離れようか、琉夏くん」
「あれ、バレた?」
「バレるとかそれ以前の問題だと思うな」
「ちえ」
「琉夏くん」
「はーい、ゴメンナサイ」
あっさりと引き下がり、降参とばかりに両手を挙げる。すると美奈子は困ったように笑って、けれどちいさく「方法はともかく、…ありがと」と言った仕草がかわいかったので、少しだけ早起きをしてみてもいいかなと思った。
[8回]
PR