「ほら、行くぞかなで」
そう言って、響也は当たり前のように手を繋いできた。周囲は花火を見物する人でごった返しているので、彼が手を繋いできた意味もはぐれないようにするだけの処置で、きっとそれ以外の意味はないのだろう。
それでも自分と響也の手が繋がれたときに、かなでの心臓はどきんと高く鳴った。
子供の頃からいつも一緒の幼なじみ。友達というよりは殆どきょうだいのように扱われて来て、だから隣にいることが当たり前だった。――だから、彼が男の人だという今更のように自覚してしまった。
昔は同じくらいの身長が追い越されてしまったのは、いつからだったか。気が付けば声も低い男の人へのそれに変わっていて、繋いだ手だって自分のものとは比べものにならないくらい大きくなっていたのは、いつから?
少し先を歩く背中は大きくて、一度自覚してしまうと響也が「男の人」なのだという現実が一気に押し寄せてきた。繋がれた手から全身に熱が点ったように熱くなり、その熱さは夏のせいではない。
かなでは恥ずかしさに耐えかねて思わず足を止めてしまう。と、こちらの動きに気が付いた響也もまた、足を止める。
「どうした?」
なんて、不用意に顔を近づけないでほしい。
どうして今まで、無邪気にじゃれ合えていたのか不思議で仕方ない。
そんな風にかなで一人で葛藤をしていると、ふいに第三者の声が耳に届いた。思わず声の方へと顔を向けてしまうと、二人組の女性が明らかにこちらを見つめていた。
「ね、あの子たちだよね? さっきの星奏学園の演奏者」
「本当だ。…かわいいカップルね」
そんな彼女たちの何気ない会話がトドメだった。かなでは逃げるように俯けば、それとは対照的に怪訝な様子の響也の声が降ってくる。
「? あの人たち、俺たちのこと言ってるのか? なんでカップルとかになってんだ?」
「……手、繋いでるからじゃないかな」
響也の問いに、ものすごくちいさな声でかなでは応える。こんな人混みの雑踏の中ではかき消されてしまうのではないかと思ったほどの音量だったはずだが、どうやら響也には聞こえたらしい。そうして、彼は数秒沈黙したあと、「うわ!」と悲鳴を上げて手を引き掛け――でも、離しはしなかった。むしろ踏みとどまるように強くかなでの手を握り、ゆっくりと力を抜く。ちらりとかなでは響也の様子を盗み見ると、彼は繋いでいない方の手で顔を覆っていた。そうして、その手の隙間から覗く目と目が合って、二人同時に明後日の方向へ視線を逸らす。
「…子供の頃からの習慣って、こわいな」
「…うん」
「……でもまあ、このままでも…いいよな」
「……うん」
お互い何とも言えない微妙な空気になりながらも、それでも手を離そうとはしなかった。
かなではもう一度響也へと視線を向けると、彼はまだ視線を逸らしたままだ。けれど、彼の頬が少しだけ赤く見えたのは気のせいではない。ならば赤くなった意味はどういうことなのか。繋がれた手は、はぐれないため以外にもあるのかと、そう考えると再びかなでの心臓は騒がしく鼓動を早めていった。
[0回]
PR