「出掛けるよ」
夏休みもあと二週間余りとなった今日、唐突に。
何の脈絡もなく雲雀はいうと、綱吉の返事も聞かずにさっさと出掛ける支度を始めてしまう。
シャーペンを握りしめ、参考書を開いて懸命に課題と格闘していた綱吉は即座に雲雀の言葉と動きに反応ができずにいたが、目が合った雲雀から促されるような視線を受けるとようやく我に返った。慌てて使っていたノートやら参考書やらをおざなりに片付けると、出掛ける準備を始める。とはいっても所詮一介の高校生。出かける準備とはいってもテーブルの上に置かれた携帯電話と、トートバッグに入れっぱなしの財布を取り出してジーンズの後ろポケットにねじこむくらいだ。
そうして綱吉は玄関で待つ雲雀を追い掛けるが、すでに靴を履き終わっている彼に「遅い」と言われてしまった。すいません、といつものように謝って軽く頭を下げれば雲雀の横をすり抜ける。綱吉が出て、誰もいなくなった玄関のドアに鍵をかけたのを確認すると、二人はマンションを後にした。
「そういえば今日、花火大会でしたっけ」
連れて行かれた先の賑わいを目の当たりにして、綱吉は雲雀を見上げた。
道の左右には様々なテキ屋が軒先を連ね、すれ違う人たちの浴衣姿が目に留まる。
「僕は集金があるから先に神社の方にいってて」
「……まだそれ、やってたんですね」
ひくり。
昔の記憶を思い出して、綱吉は思わず頬を引きつらせた。
雲雀と別れて一人になった綱吉は、獄寺や山本と一緒にチョコバナナの店を出したりしてたなあと昔を思い出していた。何とはなしに目に付いた店のチョコバナナを一本買ってみれば、ついでとばかりにたこ焼きと焼きそばとトウモロコシも購入し、チョコバナナをほうばりながら目指すのは雲雀にいわれた神社だ。
さほど掛からずして到着したその神社は、昔から変わらない面影そのままを残しながら、ひっそりと佇んでいた。
実はここが隠れた花火スポットなのだが、何故かあまり知られることがない。まあ、だから「隠れたスポット」なのだし、人混みを避けて静かに花火を堪能できるのは得をした気分で素直に嬉しい。
綱吉は適当な芝生の上に腰を下ろすと、購入した焼きそばとたこ焼きとトウモロコシのどれから食べようか悩んでいれば、ドーン! と腹に響く音が上がった。更にその音の後には、空に満開な光の華が咲く。思わず手を止めて、連続で上がる花火を見上げる。
「きれいだなあ」
毎年変わらない花火に素直な感想を口にする。
と、唐突に見上げていた視界が暗くなったかと思えば、いつの間にか集金から戻ってきた雲雀が綱吉を見下ろしていた。
「ひば、いて」
綱吉が雲雀を呼ぶ途中、上から何かが落下してきた。雲雀が綱吉の顔の上へとぺち、と軽い音を発して落下させた「それ」を手にとって見れば、「合格祈願」と書かれた小さな御守りだった。
綱吉は驚いて雲雀を見ると、雲雀はそっぽを向いて自分の隣に腰を下ろす。
「雲雀さん、これ」
「さっきもらったから、あげる」
「……もらったんですか?」
「何か文句でもあるの?」
「ありませんよ」
「…噛み殺されたいみたいだね」
「何でそうなるんですか!」
ようやく綱吉をみたと思った雲雀は手にトンファーを握っていて。
咄嗟に逃げるようとするけれど、手にあるお守りの存在に自然、頬が弛むというもの。
「もらった」と雲雀はいう。それが本当か嘘かわからないけれど、どちらにしても。自分のことを考えてくれたのだと、少しは自惚れてもいいだろうか。
「雲雀さん」
「なに」
「俺、受験がんばりますね」
そう、綱吉がいえば。
雲雀は彼の買ってきたたこ焼きの一つを口に放り込みながら、
「当然でしょ」
と、ぶっきらぼうに返した。
綱吉は雲雀から夜空へと視線を上げれば、変わらずに花火が止むことなく打ち上がり続ける。
しかし、変わらない花火とは違って「何か」が綱吉の中で変わり始めたことにはまだ、自覚していなかった。
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